復讐の毒鼓 第72話
『その他』の正体を知る者は、ナンバーズの中でも早乙女と木下だけ。つまりその秘密を秀が知っているとなると、その2人のどちらかがバラしたことになる。早乙女が知らせるなどということはない。したがって秀がそれを知っているということは、木下の裏切りを意味することになる。実に巧妙な仕掛けによって秀は犠牲になり、ナンバーズは存亡の危機を免れたという訳だ。
「だからって、あたしへ相談もなしにすぐに投書するなんて思ってもみなかったけどね。」
木下は自分のビンタで飛ばした秀(勇)のメガネを拾った。
「僕たちはどうやって付き合うようになったんだっけ。」
「去年アンタが『僕のこと好きなの?』って聞いたでしょ。」
少し歪んでしまったメガネのフレームを直しながら木下は続けた。
「アンタは頭がキレるのに、それでいて控えめ。あたし頭良い男に弱いの。そしてアンタは押しに弱い。退屈で仕方ない文芸部に入ったのもアンタのせい。」
「木下さんって随分ストレートだね。」
手渡されたメガネを受け取りながら勇が率直に表現すると、木下は顔いっぱいに蔑んでみせた。
「なに?アンタも江上百々みたいにおしとやかな清純派が好きなワケ?」
「いや、別に…。江上さんのことはどうして目の敵にしてるの?」
「だっていつもアンタの近くにいるから。ムカつくし。それだけ。」
「じゃあ…去年僕の味方だったのは木下さん…?そのこと話そうとして呼んだの?」
「ううん。」
勇の問いに木下の表情が曇る。そして重々しく口を開いた。
「五十嵐と一条。アンタと組んだフリしてるけど、本当は違うよ。」
この言葉に何故だか勇は表情を変えなかった。良い知らせとは言い難いものの、とっておきの情報だったのに。
「あれ?ビックリしないの?」
「そんな気はしてたよ。」
穏やかに目を伏せながらそう言う勇に、木下は話を続けた。
「あ。それとアンタの手帳、あたしが持ってるから。」
「どうして木下さんが?」
「だって元々…共同の手帳だったでしょ。交換日記みたいに。」
ここまで聞いた勇の中に一つの疑問が湧いた。
「なんで今さら言うの?僕が学校に戻ってもう3週間も経つのに。」
「先に動くなって言ったのはアンタでしょ。」
1年前、秀はくどい程に念を押して木下に伝えていた。
「何があっても木下さんは早乙女の仲間のフリしてて。僕が動くまで何もしなくていいから。」
「分かった。」
健気にも素直にそう答える木下を、秀は何がなんでも守りたかったのだ。
キーンコーンカーンコーン♪
話をするうち、始業を告げる鐘が鳴った。
「教室戻らなきゃね。手帳いる?」
「くれるなら欲しいけど。」
「あたしが警察に持ってく。勝手に投書したアンタみたいにね。」
「いや、あのさ…。」
自分から聞いておいて何だというのだろう?勇が抗議しかけたその時、木下が突然声を荒げた。
「学校に来んなって言ってんの!」
思わず立ち止まって振り向いた勇が見た木下の哀しげな表情が、勇に危険を訴える。
「今週の雨の日が処刑日だから、ここは警察に任せてアンタは学校に来ないで…。あたしも雨降ったら早退するから。」
「なるほどね。教えてくれてありがと。」
大切な人をもう二度と、あんな目に遭わせたくない。勇と連れ添って教室へと歩いていく木下の顔は泰山の女番長のそれではなく、可憐な少女そのものだった。
2人が去ると、倉庫のドアが開いた。中から出てきたのは五十嵐だ。
「あのアマやりやがったな。クックック。」
五十嵐は歪みに歪み切った笑みをその顔に貼り付けて、一人ほくそ笑んでいた。
午後12時10分。ポツポツと地面を濡らし始めた雨は、すぐに本降りとなった。その雨の中五十嵐は屋上で、早乙女に焼却炉での出来事を報告する。
「オンナっつーのは好きな男の為だったらなんだってすんじゃん。だからオンナって信用できねーんだよ。あのアマ回しちまおーぜ。」
黙々と報告を聞く早乙女に、五十嵐の無駄口が続く。
「しっかしマジで意味わかんねーよ。あんなもやしみてーな男のどこがいーんだか。」
「木下の男の趣味に興味はありません。焼却炉の倉庫は片付けましたか?」
「ああ。閉じ込められたらたまったもんじゃねーよ、あそこは。」
「では計画通り進めて下さい。神山もこちらによこして下さい。」
「クックック。クソほどおもしれーぜ。」
醜く歪んだ気色の悪い笑顔を浮かべ、五十嵐は呟いた。
教室にいる勇の元を近江が訪ねる。
「五十嵐さんから連絡が入った。今日になったらしい。午後7時だ。」
「分かった。」
勇の表情にも自然と気合が入る。いよいよ、総仕上げだ。しかし近江は続けて不可解なことを口にした。
「それから今、屋上にちょっと行けるか?」
「屋上?」
「五十嵐さんがお前のこと教育するって言って、屋上を開けてもらったらしい。相談したいことがあるみたいだ。」
(何を企んでる?)
既に敵と分かっている男の言葉など、信頼できるはずがない。だが勇は、警戒しつつも屋上へ向かうことにした。
午後4時30分。屋上に着いた勇の前には早乙女を挟んで右山、佐川が立っていた。
「あと少しで私たちの縁も終わりですね。」
「何をしようとしてる。」
目の前の諸悪の根源に対して勇が警戒心を露わにすると、彼は重々しく口を開いた。
「最後のチャンスを君にあげようかと思いまして。」
そして早乙女は、確信を持ってはっきりとその名を口にした。
「神山勇!」