復讐の毒鼓 第63話
「ごめんなさい。待った?」
先に入店していた勇を気遣う江上に、早速本題に入るよう促す。
「いや。それより話ってなんだ。」
ちょうどその頃近くの公園に場所を移した内村は南原に事の経緯を説明していたのだが、南原はその話を中々飲み込めずにいた。
「どういうことだよ?」
「ハァ…頭悪りぃなぁ。だーかーら、会長は俺達を仲間割れさせて神山を孤立させようとしてるんだ。」
「なんでだ?」
「さぁな。会長はいつも何考えてるかわかんないし。」
真意がまるで掴めない話に南原は困惑していた。
「じゃあ俺達はどうすりゃいいんだよ。」
「とりあえずは大人しくしてよう。会長が俺達に望んでるのは、決定的なタイミングで神山を裏切ることだ。それまでどうするか考えよう。」
江上は秀がリンチされるに至った経緯について、丁寧に説明した。
「知ってるか分からないけど、早乙女は1年生の時学校のトップになったの。それで、2年の時シュウと同じクラスになったわ。」
「それから?」
「早乙女には誰も逆らえなかったわ。ただ1人を除いてね。」
「…。」
江上は勇の目を真っ直ぐに見たまま、早乙女に唯一逆らった男の名を口にした。
「神山秀。」
秀は定期的なカツアゲに抗議するため、席に座る早乙女の前に立った。早乙女は手元の本から視線を外すこともせずに言った。
「1週間に千円でも多いですか。」
「金額の問題じゃなくて…。こんなの…正しくないと思う。」
ドスッ!
早乙女は突然秀の腹を蹴ると、髪を掴み上げて吐き捨てるように言った。
「調子乗るなよ。お前みたいな奴の扱い方なら慣れてんだよ。死にたくさせてやる。」
こうして秀は、この時からパシリとなった。
「だからってシュウは、一方的に黙ってやられてる訳じゃなかったの。シュウには考えがあった。」
江上によると、秀はいつも手帳を持ち歩いていた。そしてその手帳に、やられたことを日付から内容まで事細かに記録していた。その記録は自身へのいじめの内容のみに留まらず、クラスメイトがいくらカツアゲされたかまで克明に記されていた。
「私も詳しくは知らないけど、シュウはナンバーズの誰かと繋がってたみたい。そこから聞いた情報も含めて、学校に投書するって言い出したの。」
「投書?その他って誰か分かるの?」
「ううん、その他が誰を指しているのかを知っているのは早乙女だけだって。」
「お金を管理してる木下さんなら知ってるかもじゃない?」
「どうだろう…。何も知らずに通帳だけ管理してるみたいだけど…。とにかくそれより…。」
「ううん、大切なことよ。もしその『その他』が先生の中にいるとしたら?あなたは潰されるわ。シュウはうちの学校の教師を信じられる?」
用意周到な江上に対して、秀は意外にも楽観的だった。
「信じなくちゃ。今僕に出来ることは、校内暴力を正当なやり方で無くすことだから。」
「他の方法が思いつかないだけでしょ!」
「ハハ!僕よりすぐに解決してくれるヤツがいるよ。ソイツだったら一発で解決してくれると思う。でも暴力に対して暴力で対抗するやり方じゃダメなんだ。それは正しくないから。」
不思議そうな目で見つめる江上に、秀は穏やかに言った。
「僕は僕のやり方で戦おうとしてるんだ。」
斯くして、秀のリンチ事件は起きた。皮肉にも江上の危惧していた予想が、現実のものとなったのだ。
「その後のことはあなたが見た通りよ。それから1年後、あなたがシュウの姿で現れた。」
「ナンバーズ内に秀の味方がいたのは本当か?」
「えぇ、そう言ってたわ。」
今までの経験上思い当たる節が無い勇が、一人だけ気に掛かる人物を思い出した。
「ひょっとして…背が高くて天パでちょっと老け顔の…?」
「天パ…五十嵐?かしら。」
(あの時喧嘩を止めたアイツが五十嵐…?不良には見えなかった。もしかしたら五十嵐が秀に情報を流していたのか…。)
勇が七尾との喧嘩の時のことに想いを巡らせていると、江上の携帯が鳴った。
「もう!塾サボったの、どうしてママにバレたのかしら?塾行かなくちゃ。」
挨拶もそこそこに、江上は忙しく店から駆け出していった。
額に手を当て考え込む勇の肩を、愛が叩く。
「後ろで聞いてて大体状況は分かったよ。」
「引退式しただろ。後は俺がやる。」
勇はどうしても2人を巻き込みたがらなかったが、事情を知ってしまったからには愛ももう退く気はなかった。
「2人でやった引退式なんて意味ないよ。3人でやらないと。」
友を想う愛の言葉に表情を緩めた勇が、違和感に気付いた。
「仁はどこ行った?」
塾へ向かって歩く江上の肩を、後ろから掴む男がいた。
「だ…誰…?」
「会長がお呼びだ。大人しく来てもらおうか。アンタも殴られて力づくで引っ張って行かれるよりいいだろ。」
そう言いながらタバコに火を点けたのは、親衛隊9位の九谷英夫だった。
「なに…?どうして!?」
「チッ、このアマ!」
「きゃ!」
眼前に迫る恐怖に身を強張らせながら必死に抵抗する江上に、九谷の隣にいる如何にも人相の悪い男が手に掛けようとする。この男は親衛隊10位・十文字猛だった。
「オイオイ、テメーらなーにやってんだ。」
あわや、というところで2人に後ろから声が掛かった。
「野郎2人で女の子取っ捕まえて、恥ずかしくねーのかよ。」
振り返った2人の前に現れたのは仁だった。