復讐の毒鼓 第68話
「誰だったんだ?言ってみ?」
五十嵐は、昨年ナンバーズ内で秀の味方をした人物について勇に訊いた。だがそれこそ、今勇が喉から手が出る程欲しい情報の一つだった。
「覚えてない。」
「あんだと?」
「去年の事故で記憶が所々抜けている。」
お決まりの記憶喪失で話題を躱すと、4人の間に少しの間沈黙が流れた。
「じゃーどーすんだよ。」
思い直したように五十嵐が沈黙を破ると、勇はかねてから練っていた作戦について話し始めた。
「ひとつ提案がある。今までは俺1人でひとりずつ潰してきた。幸いにも親衛隊は謹慎期間中、学校周辺には警察の目があったこともあって出来たことだ。それに、これは個人的なことだから俺の仲間には頼みたくなかった。」
「そんで?」
「だが今は状況が変わった。仲間達にも知られたし、手伝ってくれると言っている。俺達にはもう2人いることになる。」
ここで今度は一条が口を開く。
「じゃあ俺達4人、神山の仲間2人。早乙女側は親衛隊5人に運営サイド3人。8対6ってことか。」
「早乙女側に裏切り者がいるとすれば7対7になる。」
「おー!」
ここまで聞いた五十嵐が目を輝かせる。大した演技力だった。
(んま、本当は9対5だけどな…!)
心の中でそんなことを思いながら舌を出しているなど、想像もつかなかった。
「親衛隊を除いても不良達を全員合わせたら100人超えるんだろ?」
「男連中だけだと、まー60〜70だな。」
「そいつ等を除いて7対7でやれるなら勝算はある。」
「それだ!じゃあそう出来るように誘導しよーぜ。」
たった7人で約80人を相手取るのは、作戦と呼ぶには現実味が無さ過ぎる。続く勇の提案に、五十嵐は手放しで賛成した。残る問題は今、早乙女側にいる味方の存在だ。
「でもその1人をどうやって探すんだ。」
一条の問いに、勇の持ち前の頭脳が冴え渡る。
「ひとまず8対6の喧嘩になれば、その場で早乙女を裏切る奴が現れるはずだ。」
「…さすが…頭キレるな。やっぱガリ勉はちげーな。」
自らの過ちによってこれから起こるであろう深刻な事態に、もはや成す術なく蒼い顔で俯く以外に手立てを失った校長を一人残して早乙女が店を出ると、一本の電話が入った。
「もしもし。」
『ウチのヤツ等に神山秀のこと調べさせてたろ?』
「ええ、ですがまだなんの情報も届いてません。」
『それ風見愛が口止めしてんだよ。こっちじゃそいつがドンだから。』
「風見愛?そんな奴に見えませんでしたが?…でもどうして風見が神山について口止めを…?」
電話の相手は小学校時代のことを話し始めた。この男は5年生の時秀と同じクラスになり、時々秀を虐めていた。江上が以前その時のことを勇に話した、体格の良い少年とはこの男のことだったのだ。
『オレ時々神山を可愛がってやったんだけど、その度同じ顔したヤローが現れてオレの事ボコッてったんだよな。』
「え…?」
『アイツ等双子なんだよ。神山秀と勇。そんで勇は…毒鼓だ。』
タクシーを降りて家路につく早乙女の脳裏に、これまで神山秀を調べてきた際に手下達が口にしていたセリフが蘇る。
(神山秀は雷藤仁と仲が良いそうで…。)
(神山秀?ただのガリ勉クンだろ?)
(だとしたら休学中に喧嘩の鬼になったということになりますが、そんなことはあり得ません。)
「フフフッ…フフ…。フハハハハ…!」
意図せず込み上げる笑いに、早乙女の顔が深く歪んだ。
「そんなに緊張することないわよ。君は少年部に回る予定だから。」
検察署では水谷が加藤を取り調べていた。
「少年裁判では略式起訴だし、もちろん前科も残らない。弁護士をつけることもできるわ。私は君たちみたいな不良に思うことがたくさんあるの。刑事裁判でちゃんと罰せられれば良いと思ってる程よ。でもこの国の方は優しいものね。腕の良い弁護士をつければ罪を軽くするのも簡単。ラッキーね。」
「え…は…はい…。」
「まさか本気でラッキーって思ってるんじゃないわよね?」
言われるままに返事をした加藤を、突然水谷が睨みつける。美人検事とはいえ気の強い女性特有の圧力は、加藤をたじろがせるには十分過ぎるものだった。水谷は加藤の目の前のテーブルに一冊の通帳を置くと、再び話し始めた。
「今日君を呼んだのは、この通帳のこと聞こうと思って。」
「こ…これは…?」
「君の担当刑事さんが置いて行ったわ。泰山高ナンバーズの経理の木下さんが使ってた物。」
「!」
「先に言っておくけど、警察で陳述するのと検察署で陳述するのとは重みが全く違うから。極端な話、警察で適当に陳述して検察では真逆のことを言っても良いってことね。ただしここでの陳述は全て証拠としての法的効力がうまれるから、慎重に答えることね。黙秘権が使いたければ使っても良いわ。」
加藤はただ焦燥し切った顔で俯いた。泰山における自分達の悪事のほとんど全てが明るみに出る。重ねてきた罪は、ちょっとやそっとで償える程軽いものではない。事の重大さに気付くのが遅すぎた。
「使うの?黙秘権。」
「あ、いえ…。」
泣きそうな顔で黙っている加藤に水谷が訊くと、答える意思を示す。即座に質問が始まった。
「じゃあ一つ目の質問。毎月君だけ月3万円の報酬があったみたいだけど、その理由は?木下千佳子は君に借金でもあったの?」
「そ…それが…。」
その目から炎が出るかと思うほど鋭く睨みつける水谷を前に、加藤は恐る恐る話し始めた。
右山、佐川、木下が屋上に集まる。
「今日こうして運営陣だけ別に呼んだのは、神山秀について話しておくべきことがあるからです。」
早乙女はそう切り出すと、今後の計画について話し始めた。
「その他とは話がついてます。3週間の謹慎期間を短縮し、神山を潰す予定です。神山の処刑日は、来週の火曜から木曜の間。」