復讐の毒鼓 第66話
翌朝。リビングのソファで寝落ちしていた勇の視界の霞が徐々にとれてくると、目の前には信じ難い人物が立っていた。秀だ。それだけではない。その後ろには蒸発したはずの母親が、横には亡くなったはずの父親がいる。秀は優しく微笑みながら、勇に手を差し伸べた。勇は何かに取り憑かれたように、その手に向かってゆっくりと手を伸ばす。だが勇が伸ばしたその手の先には、誰もいなかった。幻だった。
(まだだ…。まだ感情的になっちゃダメだ…。)
勇は今見た幻に、泰山の制服に最初に袖を通した時の誓いを思い出す。
(全てが終わったその時…お前のために泣いてやる。)
「お前に会いたがってる人がいる。」
近江は登校中の勇に声を掛けると、焼却炉へ連れて行った。
「神山!」
先に着いて待っていた五十嵐が声を掛けてくる。
(七尾を止めてたヤツだ。やはりコイツが去年秀の味方をしていたのか…。確認が必要だな。)
「よう神山。お前がナンバーズをぶち壊そうとしてることは、清十郎に聞いたぜ。それで清十郎も早乙女に寝返ったフリしてさ。」
勇の警戒心をよそに、五十嵐が話し始める。勇側の情報は、近江が五十嵐を信頼して流したものだった。
「ぶっちゃけ俺は、お前じゃ早乙女にはどうせ敵わねえし、諦めて欲しかったんだ…。でも七尾とやり合ってるお前のこと見てさ、気が変わったわ。」
「どういうことだ。」
「力を合わせよう。俺が助けてやる。一条も一緒にな。」
「一条ってのは誰だ?」
昨年の秀の事故の後に転校してきたナンバーズの1位であることを、一条のことなど知るはずのない勇に五十嵐が説明する。
「待たせたな。」
話しているうちに焼却炉へやってきた1人の男が、早速自己紹介をした。
「一条元だ。去年群馬から転校してきた。」
「神山秀だ。」
一条と名乗る巨躯の男に、勇は一言名乗ると握手を交わした。
「もうすぐ1限だ。今は挨拶程度にして、放課後にまた会えれば…。どうだ?」
「あぁ。」
「オッケー。んじゃ時間と場所は清十郎に伝えとくわ。」
一条の提案に勇が同意すると、五十嵐も連れ立って教室へ向かおうとした。一旦背を向けた2人を勇が呼び止める。
「待て。もし本当に俺に協力してくれるつもりなら、3年8組の江上百々を守ってくれないか?」
夜のボディガードは仁に任せてあるが、昼間の学校内までは無理だ。
「江上百々?」
「あー、お前のこと好きなコ?」
「校内だけ見ててくれればいい。」
口々に訊き返す2人に依頼すると、一条は快諾した。
「なんかあったのか?」
不機嫌そうな早乙女に佐川が話し掛けると、早乙女は九谷と十文字が入院したことを告げた。
「神山にやられたのか?」
「いえ。」
否定しながら手渡された早乙女の携帯の画面には、昨晩の仁の姿が映っていた。
「ガタイが良くて髪を結ってる…。俺に負けたアイツか?」
「だと思います。…雷藤仁。」
「確か加藤が、神山と雷藤は元々仲が良いって言ってたな。だから神山のこと助けてんのか?俺もギリギリで勝ったからな、あの時…。アイツ等が負けるのも無理ねぇな。」
話しながら手渡された携帯を受け取る早乙女の関心は、仁の強さがどれ位というところにはなかった。
「問題は私の計画通り進んでないことです。戦力が失われました。」
受け取った途端、早乙女の携帯にメッセージがはいった。
[一条元 : 神山に江上を保護してほしいと頼まれて分かったと言った。しばらくの間江上には手を出さないでおこう。]
早乙女の表情が見る見る険しくなっていく。
「もう堪忍袋の緒がキレそうです。私の計画が全て台無しです。何ひとつ思い通りにいってない。」
「…。」
溜まりに溜まった鬱憤に、早乙女は教室にいるにも関わらずタバコを吸い始めた。
「最近の警察の動きはどうですか?」
「最初は1時間に1回パトロールしてたけど、最近はめったに見ねえな。」
「なるほど。では…面談する必要がありそうですね。」
「誰とだ?」
佐川の問いに、早乙女が薄ら笑いを浮かべる。
「決まってるじゃないですか。『その他』ですよ。」