復讐の毒鼓 第75話
五十嵐は連れてきた江上を、焼却炉の倉庫に乱暴に放り込んだ。
「目の前にこんな御馳走が転がってんのに、そのままにすんのも礼儀じゃねぇしなぁ!」
火山が噴火するかの如く湧き上がる性欲。五十嵐はその本能を抑えようともせず、江上の前でズボンのベルトを外し始めた。半ば隔離されたようなこの閉鎖的な空間に、か弱い少女が一人。この状況は、五十嵐の理性を吹っ飛ばすのには十分だった。その理性を失った野獣に、後ろから声が掛かる。
「何してんだ。」
「チッ…冷めるわマジで。」
心底口惜しそうに舌打ちする五十嵐を、親衛隊3位、三鷹通が咎めた。
「どけよコラ。物事には順序があんだよ。こっちを先に終わらせてからだ。」
2人は江上の両手を後ろに回してガムテープで巻き、さらにそれで口を塞いだ。
「神山秀がまたやられるって…。そりゃどういうこった?」
倉田は木下の訴えを理解しかねていた。要領を得ない倉田のリアクションに、木下の声のトーンがヒステリックに上がっていく。
「去年もやられたでしょ!あの神山秀よ!神山秀!」
「神山秀は死んだよ。」
言葉のナイフが木下の胸を抉る。
「は…?な…なに言ってんの…?」
「神山秀は去年のあの事件で死んだんだよ。」
「何言ってんのよ!3週間前に復学して、学校にちゃんと通ってんだから!」
「勇のこと言ってんのか?」
「あ!思い出した!」
木下にとって信じ難い、そして絶対に信じたくないあまりに辛い現実を倉田が突きつける横で、若手刑事が声を上げた。
「なんか見覚えがある顔だって言ったじゃないですか。山崎哲郎が亡くなった時、先輩は校長室に行って私は陳述書書いてたじゃないですか。」
「あぁ、それで?」
「その時陳述書書きに来てました。」
「なんだと?」
(だとしたら…神山勇が…?)
倉田の頭の中に、不吉な想像が膨らんでいく。
午後6時10分。雨足がさらに強まる中、ナンバーズのメンバーが続々と公園に集まる。
「7時っつったよな?」
「あぁ、まだ親衛隊は誰も来てねぇけどな。」
「去年と一緒じゃん。雨も降ってるし。」
「前みてーにやられんだろーな。ククク。」
これは喧嘩ではない。一方的な制裁である。自分達が持ってきたバットや角材、木刀などの側で、集まったメンバー達は口々にこれから起こるであろう残虐な教育ショーへの想いを口にした。
焼却炉の倉庫前にも人が集まる。この一角を取り仕切る親衛隊4位、四宮拓馬に、早乙女から電話で指示が入った。
「じゃあ俺はここで張ってりゃいいワケ?」
「ええ。今番外と女子達が木下千佳子を探してます。捕まえるまで帰らないで下さい。」
番外とは小学校時代、秀をいじめる度に勇に殴られていたあの男の名だ。早乙女からの電話を切った四宮は、心の底から退屈そうな顔で連れてきた男たちに声を掛けた。
「あーあ、めんど。オイ、1年坊主!江上百々、俺らで先に手ぇつけるか。お前らが黙ってりゃバレないじゃん。」
「おー!」
「へへ。」
四宮の提案に卑猥な笑みを浮かべる1年生達。そんな下っ端の彼らは四宮にとって、憂さ晴らしに蔑む対象でしかなかった。
「バーカ。これだからお前らと仕事したくねーんだよ。早乙女に報告しとくわ。」
同じ頃、一通り事情を聞いた倉田に家に帰るよう諭された木下は、宙を見つめて黙り込んでいた。
午後6時30分。土砂降りの雨の中をバイクで配達していた愛が街中で見かけた、顔見知りの男に声を掛ける。
「おーい、番外じゃん。」
「おう、愛。出前か?」
何気ない会話を交わす2人。番外の連れの男の顔が、僅かに強張っているように見えた。
「まぁね。番外、この辺で何してんのさ。」
「まぁ、ちょっとな。泰山の女子と合コンよ、合コン。」
「…へー?やるじゃん。じゃね。」
一瞥してその場を去った愛だが、街の様子が気になる。他所の制服を着た者が、泰山高校の生徒に話し掛ける姿が目立つ。
(なんだ…?なんかあったのか?)
愛はすぐにバイクを停めると、電話をかけた。
「もしもし、仁?あのさ、江上さんの連絡先知ってるよね?電話してみて。今泰山の近くまで配達来たんだけど、なんかおかしいよ。」