復讐の毒鼓 第77話
「以前私が簡単な命令をすると言いましたね?」
早乙女は呼び寄せた内村に言った。
「はい。だから連れて来ました。」
「そうではなくて、今回の命令だけちゃんとやってくれればいいですから。」
早乙女は静かに、そして冷淡に、一年前と同じ命令を内村に言い渡した。
「前に出て足広げろ。」
「!」
今日と同じく降りしきる雨の中、自分の股を這ってくぐる秀の姿が内村の脳裏に鮮明に甦る。それとは対照的に状況が飲み込めない勇に、早乙女はこれ以上ない程蔑んだ口調で言い放った。
「2年生、内村様って言いながら股の下でもくぐってみたらどうですか?私のご機嫌取りで。去年はあんなに上手にやってたじゃないですか。」
気が狂うほどの屈辱感を植え付けられた上での暴行死。どれ程の想いで亡くなっていったのだろう。煮えたぎる怒りに顔を歪ませる勇に、早乙女がさらに追い討ちをかける。
「あんなに低ーく這いつくばって謝ってたのに。」
「去年と一緒だな。」
側にいる右山がポツリと呟く。その後ろに勢揃いのナンバーズ達は、皆一様に蔑みに満ちた薄ら笑いを浮かべていた。
心の底から憎む相手を前に這いつくばうなど、できるはずがない。亡くなった秀の命を、これ以上無駄にしてなるものか。しかし早乙女は、怒りに打ち震える勇に非情な宣告をした。
「出来ないんですか?そうですか。じゃあ仕方ない。四宮に電話して江上を…。」
「2年生、内村様!」
私的な復讐のために、関係のない江上を犠牲にする訳にはいかない。勇は内村の前にその身を屈め、這いつくばった。砕けそうなほど奥歯を食いしばりながら。
「やれば出来るじゃないですか。復讐?誰にでも出来る訳じゃないんですよ。負け犬はいつだって負け犬だ。」
地を這う勇を徹底的に見下す早乙女の前で、内村は自分の股をくぐろうとしている勇をただやり切れない想いを抱えて見守ることしか出来なかった。
電話の知らせに慌てて街を駆ける木下。路地を曲がったところで、明らかに自分のことを指して行っているであろう声が聞こえた。
「おー、マジじゃん。チッ、手間取らせやがって。最初からこの方法使えばよかったぜ。」
振り返った木下の視線の先にいる番外は、その後ろに泰山高校の女子を従えていた。
「なに?」
「早乙女が呼んでる。ついて来てもらおうか。」
「近寄らないで。」
番外の要求に、木下はかんざしの先を向けて抵抗した。
「おーコワ。女相手にすんのもアレだから、お前らが行ってくれよ。」
「先輩、大人しく行きましょーよ。乱暴されたくないでしょ。」
後ろに従えた女子達に番外が指示すると、女子達は早速木下に絡む。だが木下は彼女らに従う気など微塵もなかった。
「ざっけんなよ、てめーら…。かかって来な!相手してやるよ。あたしが泰山の女子の中で一番強いの知ってんの?」
「だからそんな調子乗ってんだ。ちょーどいーじゃん。ぶっ潰してあげる。」
木下が泰山の女子を睨みつける。先に動いたのは木下だった。間合いを詰めるその動きに、全く反応できない。正面の女の頭にかんざしを突き刺すと、すぐに横の女の腹にも突き刺す。そして間髪入れずに残った一人の腹を蹴ると、その女の髪を掴んだ。
「…!このっ…!離せよ!」
もう一方の手で持つかんざしでトドメを刺そうとした時、番外が動いた。
「ヒュー、こりゃ見物だぜ。そこら辺の男より強えな。さすが泰山の女番長。」
「あんたもかかって来な。目障りだから。」
髪を掴んでいた女を乱雑に捨てると、木下は番外を煽った。
「泰山の女の中で10年振りの逸材って聞いてはいたが、マジみてぇだな。ま、と言っても…。」
番外の顔つきが変わる。
「オンナじゃねーか。」
その一言を合図に、2人が同時に攻め入る。迫ってくる番外の拳にかんざしを突き立てる。当たるかと思われたその時、番外のその手は拳を解き、木下の手首を掴んだ。
ドスッ!
木下の脇腹に拳が刺さる。
「俺もうちの学校で番張ってんのよ。アマに負ける訳にゃ…いかねーんだよ!」
腹への無情な蹴りの前に、木下は倒れた。倒れた木下の頭に足を乗せ、番外は電話をした。
「おー、俺よ。捕獲かんりょー。」