復讐の毒鼓 第76話
持ち主不在の携帯のバイブ音が、教室で鳴っている。席についている他の生徒は、まるで江上など初めから居なかったかのようにそのバイブ音に気を留めることなく授業を受けていた。
江上が電話に出ない。不穏な空気が全身に纏わりつく。仁はアドレス帳から『男勝り』としてある者に電話をかけた。
警察署。倉田の前に座る木下の携帯が鳴る。
—————『怪力』 着信中—————
「ちょっと電話出るわ。」
「おう。」
木下は画面に表示された着信の相手を確認すると、すぐに電話に出た。
「なに?」
『あんさ、江上さん電話出ねぇんだけど、どこにいるかお前知らねえ?』
「! とりあえずあんたはあたしのこと迎えに来て。場所は…。」
雨の中、仁からの知らせを待つ愛に着信が入る。
「うん、仁。」
[おー、愛。お前まだ泰山の近く?』
「もう違うけど、バイクですぐだよ。」
『やっぱなんか起きたっぽいわ。お前泰山行ってちょっと探って来いや。』
「どこを?」
『俺っちもわかんねーけど、とにかく探ってみろ。俺っちは先週知り合ったイカつい弟嫁迎えに行くからよ。』
「弟嫁?」
『そー。』
「よくわかんないけど、とにかくわかったよ。」
電話を切ると、愛はすぐに泰山高校へ向けてバイクのスロットルを全開にした。
「五十嵐さんと一条さんはその場でお前の味方になるらしい。」
降りしきる雨の中、公園に向かう勇に南原が告げる。内村も一緒だったが、何と声を掛ければ良いか分からず黙り込んでいた。
「内村。なんで黙ってる。」
「え?あ、いや、別に。」
話しながら歩くうちに"処刑場"に集まった人だかりを見て、南原が思わず呟く。
「勢揃いだな…。」
「君たちもこちらに来て下さい。」
午後7時。勇達の前に現れた早乙女が、内村と南原を呼び寄せる。指示を聞いて迷う2人に、すぐに勇が声を掛けた。
「行け。そうしたくないのは分かってる。」
「さすが毒鼓だ。1人でも堂々と、全く物怖じしていない。」
怯む様子を微塵も見せない勇に、早乙女が賛辞を送る。だがそれも、残酷な宣告とセットだ。
「ここには君の味方はいません。五十嵐?一条?ハッ…知ってましたか?」
「なんとなく。」
「ほぅ、そうですか…。もしもし、四宮。今の写真送って下さい。」
早乙女は電話で指示を出すと、手下の1人に携帯を手渡し、その写真を勇に見せるよう命じた。
最悪の展開だった。手下が持つ携帯の画面に映し出されたのは、ガムテープで口を塞がれ、両手を後ろに縛られて倒れている江上の姿だった。
「どうですか?実況中継を見た感想は。君が暴力を振るった瞬間、この女を強姦(まわ)します。」
「テメェ…!汚ねぇぞ…!」
憎悪に燃える勇の顔を見下す早乙女のそれは、冷たく、蔑みに満ちていた。
「君が戦おうと言ったところで、私が二つ返事で正々堂々と賛成するとでも思いましたか?物事をあまり大げさに運ぶのは好きじゃなくてね。それに江上が何かされるのがそんなに嫌ですか?私だったら気にせず戦いますけどね。アレですか?喧嘩はしても汚いマネはしない…。そんなことでも思ってるんですか?」
「…。」
激しい怒りに刺すような眼差しを向ける勇に、軽蔑に満ちた薄ら笑いを浮かべながら早乙女は言い放った。
「くだらない。」
(遅い…。)
仁の迎えを待つ木下は、待ち切れずに一人警察署から出て来ていた。
「ちょっと!なんでこんな遅いのよ。」
その時鳴った電話の相手を確認せず、木下はすぐに出た。電話の向こうからヒステリックな声が聞こえた。
『ねぇ!神山が死んでる‼︎』