復讐の毒鼓 第62話
「話聞いたぜ。俺とお前が組むことになるって。」
五十嵐は、屋上に残った一条とタバコを吸いながら話していた。
「早乙女にやられてる時、ガチで殴られてたな。」
「ハハ。演技はダメだな、アイツは。マジで痛かったぜ。」
早乙女は屋上から戻る途中の廊下で、不意に木下に声を掛けた。
「木下。」
「なに?」
「五十嵐の報酬切らなくていいですよ。」
「え?じゃあ五十嵐も…。」
早乙女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「えぇ。神山狩りの始まりです。」
勇が最近していることについてまだ聞き出そうとする仁だったが、一向に話そうとしない勇の頑なさに勇の"近況について"は半ば諦めかけていた。
「まーそんなに言いたくねーなら仕方ねーけどよー。ただし…。」
「?」
「お前がオンナと会うってのに黙ってるワケにゃいかねーなぁ!紹介しろよ。」
「重要な話があるんだよ。」
「それとも僕たちのこと紹介できない?」
勇はあくまで私的な復讐の手伝いをさせたくないだけだったのだが、あまりに話そうとしないせいで2人の悪ふざけが始まった。
「あー、な。退学んなって必死にもがいてる俺らなんか、オンナの前じゃ恥ずかしいってことかー。」
「制服着てる勇からしたら、僕たちなんてさ、どうせ…。」
愛がガックリと項垂れて見せると、仁も頭を掻きながらひがみ節が止まらない。
「だろうな!偉大な高校生の勇サマからしたら、俺っちなんかバカで喧嘩しか取り柄なくてよー。」
「ハァ…。言っとくけど、俺は中学も卒業出来てないからな。」
「じゃーその泰山の制服なんだよー。」
学歴コンプレックスをひがむ2人に、自身の黒歴史で対抗する。だがそんなことは既に知っているだけに、今の勇の制服姿に対して至極当然な質問をしたのだ。しかしそれでも勇は答えようとはしない。
「そんなことよりちょっと携帯貸してくれ。電話かけるとこがある。」
「オンナ?ほらよ。俺っちのでかけなー。」
事情が分からずとも、友のためなら力になれる。仁は二つ返事で携帯を手渡した。
「もしもし?シュウ?」
電話を取りながら教室を出る江上を、木下は見逃さない。
「秀の話、教えてくれるんだろ。放課後、場所を言ってくれれば行く。———あぁ、そうか。分かった。」
勇の会話を聞いて、また2人の悪ノリが始まる。
「ほー、放課後だとよ。高校生はちげーな。」
「僕なんか配達してんのに…。」
電話を終えて席に戻る江上の後ろで、木下がメッセージを送信した。送り先は、早乙女。彼の携帯の画面には、『江上百々 放課後、神山秀と密会』と記されたメッセージが表示されていた。
「怪我はありませんか。あぁ、ちょっと待って下さい。指示だけ出してから話しましょう。」
どうやら急を要する指示なのか、早乙女は少し携帯を操作した後で七尾と話し始めた。『怪我』という言葉に七尾は、五十嵐が止めに入る直前に喰らったボディブローの事を思い返す。
「こっちの脇腹をやられてちーっとばかり痛むけど、まぁ他のヤツらみてーに骨やられてるワケじゃねーしな。」
そう言いながら殴られた脇腹を抑える。
「そうですね。それ位の怪我なら数日で回復して、また戦えるようになります。」
「それが…。他にも2人いたんだよな。」
「他にも2人?」
勇との喧嘩の時、自分の神経を逆撫でしていったあの2人のことを思い出す。
「1人は髪結いでて図体がデカくて、もう1人のヤツはオンナみてーにカワイイ顔してて、どっちも神山秀のダチみたいだったけど…。」
「神山が復学前に知り合ったヤツ等だと思われます。加藤に話は聞いてますし、そいつ等と直接喧嘩もしました。」
「あん?零ちゃん、毒鼓とかいうクソ強えヤツで腕試ししたくて紹介してもらったんじゃねーの?」
「えぇ。でも毒鼓は現れず、その2人組が来ました。まさか神山が毒鼓だと思ってるんですか?」
「いや…そーじゃないけど…。」
「毒鼓は3年前、中3で高校生の不良30人を相手に戦って勝ち、ついた異名です。神山な訳ありません。私に影響を与えた人です。その伝説を聞いて、私も高校に入ったら先輩をねじ伏せようと思いましたから。」
「で、俺ちんはこれからなにをすればいい?」
「今は安静にして体調を整えて下さい。これからは神山のせいで怪我を負う者は出ないはずです。ナンバーズ10位以内の戦力で、謹慎期間が終わると同時に攻め込みます。」
「んじゃあの2人組はどーすんのよ。神山秀のダチなんだろ?一緒に挑んできたらヤバいんじゃない?」
早乙女の計画に仁達のことが含まれていないことが、七尾は少々気に掛かっていた。しかし、仁と愛の喧嘩を直接その目で確かめた早乙女の見解は違った。
「私が見たところ、そいつ等は…大したことありません。」
江上が勇と会うのに指定したのはファミレスだった。先に入店した勇のすぐ後ろの席に、仁と愛が座っている。結局着いてきてしまった2人に勇は溜め息をついた。
「ハァ…結局…。引退したんなら大人しくしてればいいものを…。」
「僕たちもその重要な話、聞きたいもん。」
「オイオイ、やべーぞ!友達かも?にモモって出たぞ。俺っちの番号、保存してんじゃん!」
「うれしいか?」
予期せぬ女子との接点に騒ぎ出す仁を勇があしらう。だが携帯に表示された写真に夢中な仁の耳に勇の言葉が入らない。
「マジかよー。カワイイじゃーん。盛れてるだけか?」
画面の中の自撮り写真に仁が浮き足立つ中、店の入り口から江上が入ってきた。