復讐の毒鼓 第78話
午後7時10分。番外の知らせを受けた早乙女は佐川に時間を訊くと、その電話ですぐに指示を出した。
「7時30分まで何の連絡もなければ、木下千佳子は好きにして下さい。写真だけお願いします。」
何の電話だったか問う右山に早乙女が答える。
「番外からです。木下を確保したと。」
「!」
2人の会話を聞いた勇の顔色が変わる。絶望が、加速していく。
「面白くなってきましたね。江上のために這いつくばるだけなんて、簡単過ぎると思いませんか?」
その時ちょうど届いた写真を、早乙女は勇に見せた。画面の中で倒れる木下の頭を、何者かが踏みつけている。
「ミッションをもう一つ増やしましょう。君が内村の股をくぐり抜ければ約束通り江上に手出しはしません。ただし木下を助けたければ、内村を殴れ。」
『内村を殴れ』というフレーズに身をすくめる内村など見向きもせず、早乙女は続けた。
「内村を殴れば江上百々、内村の股をくぐれば木下千佳子。どちらかのオンナとしての人生は終わることになります。30分まで時間をあげます。もう1分過ぎたので、残り19分ですね。もし君が変な動きを見せれば、2人の命はないと思え。」
これまでの人生で感じたことがないほどの烈しい怒りに肩を震わせる勇の前で、ナンバーズ達が嗤う。早乙女はさらに追い討ちをかけた。
「3人共無事に助かる方法もありますよ。神山大二郎は負け犬だ。母親は売女だ。100回言ったら許してあげます。」
屈辱感。そして、無力感。早乙女はそれらを勇に徹底的に味わわせる。庶民風情が自分に楯突くな。この上ない侮辱の前にも、人質を2人も取られては、手も足も出ない。やり場のない怒りに言葉にならない声をあげる勇に、さらに早乙女の言葉の刃が突き刺さる。
「今すぐにでも殴りたいでしょう。全部めちゃくちゃにしてやりたいでしょう。でも君は何も出来ない。」
「こんの…ク…。」
「佐川。コイツの口から私を冒涜する言葉が発せられたら、すぐに四宮と番外に電話して下さい。」
悪態をつくことすら許されない。全身を切り裂かれるような悔しさに、勇は拳を地面に叩きつけて叫んだ。そんな勇への早乙女の言葉の刃は止まらない。
「右腕が使えないって演技するのももう忘れましたか?残り時間17分。君が殴られるまであと2分。」
(番外の高校のヤツら…。よってたかってどこ向かってんだ?)
木下を迎えに警察署付近に来た仁の目に、番外の連れらしき男達の姿が映った。その異様な光景に、緊張が走る。
プルルル、プルルル…
番外が持っている木下の携帯が鳴った。その画面には不可解な名前が表示されていた。
「怪力?誰だこれ。」
「親。うちの親の友達に警察いるから、電話出ないとすぐ通報すると思うけど?」
番外は木下のこの返事について泰山の女子達に確認してみたものの、知る者はいなかった。番外はクギを刺しながら携帯を木下に手渡した。
「ふざけたこと言ったらマジで殺すからな。」
「もしもし。」
『警察署来たけど、お前いねーじゃん。』
電話口から聞こえる仁の声に、木下は父親と話す体で話し始めた。
「あ、パパ?警察の友達に会いに警察署に来てるって?あたしさっきまでそこにいたよ。」
「余計なこと言ったら殺すぞ。」
話し中の木下に、番外は親指で首を掻っ切る仕草でクギを刺す。
『パパ?お前番外んとこのヤツらに捕まったん?群がってどっか向かってんの見たし、居場所とか伝えなくていーから、それだけ教えろ。』
「うん、番外の高校の子たちと遊んでる。…うん。後で帰るから。」
「そーだ。いい子じゃねーか。」
電話が終わると、すぐに携帯を取り上げる。
「あたしのこと、どうするつもり?」
「そらお前、とりあえず脱がせて写真から撮るっしょ。」
番外が露骨に卑猥な笑みを浮かべると、手下が後ろから口を挟む。
「いーじゃん。1枚50円くらいで売りさばこうぜ。」
「おー、ナイス!」
ドドドド…
下劣なやりとりを楽しむ番外の元へ、バイクのエンジン音が近付いてくる。
「なんだ?…!」
すぐ側で止まったエンジン音に振り返った番外の目に映ったのは、不敵な笑みを浮かべる仁の姿だった。