復讐の毒鼓 第88話
「ぐああっ!」
折られた腕を捻り上げられた一条は、その激痛に呻き声を上げた。
バキィッ!
腕の激痛に気を取られた一条の鼻先に勇のパンチが炸裂した。今度は一条の体が泳ぐ。死に体になった一条の顔面に2発目のパンチが叩き込まれると、彼は地に膝をついた。そのまま早乙女を見遣ると、一言呟く。
「やりたい放題もここまでだ。」
一条は勇の拳に早乙女帝国の終焉を見た。明らかに満身創痍のこの男は、それでもなお強過ぎた。早乙女の射抜くような鋭い視線が、勇を見据える。
「やっぱりダメだ。」
「あん?」
近江は遠藤と共に江上を自宅へ送る途中、迷いに迷っていた。人質の安全を確保するのも大切だが、勇は今、絶望的な戦いに立ち向かっている。仲間の応援があるとはいえ、それでも頭数での圧倒的不利は変わらない。近江はようやく肚を括った。
「やっぱりお前が江上先輩を家まで送ってやってくれ。俺は公園に向かう。」
「バーカ、頭冷やせよ。お前が行ったところで何が変わんだよ。」
現実主義の遠藤の言葉が近江に釘を刺す。だがここで江上が異を唱えた。
「変わるわよ。私は大丈夫だから、公園に行ってあげて。こういう時こそ力を合わせないと。」
江上の言葉に背中を押され、心の迷いは天気とは裏腹にすっきりと晴れた。近江は着けていたリストバンドを外すと、晴れやかな表情で言った。
「お先に失礼します。」
「オイ!オイって!」
自分だけ何もしていないような感覚に浮き足立った遠藤が、慌てて近江を呼び止める。
「オレは…左手だけでなんか出来るかな?」
不安気に左手を見つめる遠藤に、近江は穏やかに言った。
「くたばってるヤツらにとどめのケリでも入れてくれ。」
「俺も…混ざる…。」
一条を下した勇は、大勢のナンバーズを相手取って戦う仁と愛の元へ歩き出す。戦いながらその姿を見た仁が、愛に一声掛けて一旦戦線離脱した。
「おう!任せたぞ!」
「了解!」
仁の後ろから金属バットを振りかぶる男を蹴飛ばしながら、愛が返事をした。相変わらずフラつきながら歩く勇を捕まえると、仁はクシャクシャに乱れた勇の髪を一つに結わえながら言った。
「勇!後は俺っちと愛に任せて…アイツだけテメーで片付けな。出来るな?」
伝説の男のトレードマークをしっかりと結び終わった仁が指差すその先から睨みつける早乙女を見据えながら、勇ははっきりと答えた。
「もちろんだ。」
「全く…どこまでも目障りですね。」
早乙女は傘を捨てて上着を脱ぎ、吸っていたタバコを吐き捨てながら勇に向かって歩を進める。同じく早乙女に向かって歩き出す勇の足取りは、宿敵を前に先程までとは打って変わって力強いものとなっていた。近付くにつれて速まる歩調。ついに2人は雄叫びを上げながら、互いに向かって走り出した。
「うおおおおおっ!!!」
「おらああああっ!!!」
互いの因縁を乗せた拳が、相容れぬ想いと共に交錯する。
バキィッ!
2人の顔が同時に弾けた。だが満身創痍の勇とは対照的に、早乙女はここまでノーダメージ。それだけに体勢の立て直しが早い。2発目のパンチに合わせて勇も構えるが、一瞬早く早乙女の拳が勇を捉える。勇はガックリと地に膝をつけた。
「時々、私は後ろで立ってるだけで本当は弱いんじゃないかって思ってる人がいるんですが…。」
早乙女は着けていた腕時計を外して拳にはめ、勇の髪を掴み上げた。
ドゴォッ!
腕時計をはめた拳を、勇の脇腹に叩きつける。
「でもどうでしょう…。予想は大ハズレ。」
バコォッ!
今度はその拳が勇のこめかみを襲う。体が泳いだところへ、頭への蹴り。勇はなんとかガードしたものの、不十分な体勢では踏ん張りが効かない。ガードごと吹っ飛ばされて地面に転がった勇を見下ろし、早乙女は吐き捨てた。
「そんな状態で私と張り合おうなんて、随分と舐められたもんですね。」