泰山高校は男女でクラスが分かれている為、江上や木下のいる3年8組には女子生徒しかいない。五十嵐はその教室の前で1人の女子生徒と話していた。
「木下さんならさっき早退したけど…。」
「マジかよ…。じゃあ江上は?」
「百々?あそこだよ。」
前髪を切り揃えた女子生徒が江上の座る席を見ながら言うと、五十嵐はズカズカと江上の前まで歩いて行った。
「ちょっと一緒に来てもらおーか。」
「え?どうして?」
五十嵐の歪んだ表情にただならぬ気配を感じた江上が聞き返すと、五十嵐は突然江上を張り飛ばした。
「とぼけてんじゃねーぞ!このアマ!調子乗ってんじゃねーぞ、クソアバズレが!ざけやがって!オメー、マジでぶっ殺す!」
床に倒れた江上を口汚く罵りながら散々足蹴にした後、五十嵐は江上の髪を掴んで引きずっていった。
「いった…痛い…痛いってば!離して…!」
悲鳴をあげながら引きずられる江上を、クラスメイト達はただ不安げな目で追うことしかできなかった。
「木下千佳子が、自分から来ただと?」
警察署の倉田の元へ、木下は自ら出向いていた。
「これ、証拠。」
目の前のテーブルの上に、秀(と共同)の手帳をぶっきらぼうに置く。続いて木下が口にした言葉に、倉田の顔色が変わった。
「それと、これから大きな喧嘩が起きるから、早く行って捕まえて。」
「なんだって?」
屋上で待つ早乙女の元へ、遠藤が近江を連れてくる。早乙女の指示で目の前まで歩を進めた彼を早乙女が問いただした。
「一条、五十嵐、神山と組んで、私をハメようとしてたそうですね。」
「えっ⁉︎」
「驚き過ぎでしょう。」
「なんの…話…でしょう…。」
自身がしてしまった馬鹿正直な反応を慌てて取り繕おうとするも、時すでに遅し。早乙女が佐川の名を呼ぶと、彼は近江の横を素通りして、その後ろにいる遠藤の前まで歩いていった。状況が分からず、首を捻る遠藤。そんな遠藤の顔を、佐川は突然殴りつけた。
「せ…んぱい…。なんでっすか…。」
地面に這いつくばっている遠藤は、呻くように訊く。しかし佐川はそれに答えることなく、まだギプスがはまったままの遠藤の右手首を踏みつけた。
「ぐあああっ!」
あまりの激痛に遠藤が悲鳴をあげる。この学校のトップ3人を前に尻込みしていた近江が、その声を聞いてキレた。
「やめろ!」
「やめろ?ずいぶんエラくなったな。」
睨みを効かす佐川を前に構えをとる。そんな近江に早乙女が、歪み切った薄ら笑いを浮かべて言った。
「待ってましたよ。そうこなくっちゃ。そっちの方が潰しがいがありますからね。」
「うあああっ!」
恐怖とプレッシャーに今にも押し潰されそうな身体を、自らの声で奮い立たせる。近江は佐川に向かって拳を振るうも、あっさりと躱された。だが、それも織り込み済み。近江は突進の勢いをそのままに、出入口のドアまで走った。この3人を相手に、こちらには味方もいない。しかも丸腰とあっては、勝機などかけらも無い。なんとかこの状況を打破しようと近江がドアを開けると、その向こうには一条が立っていた。一条は近江に向かって拳を振りかぶる。この瞬間、近江の全身の細胞が最大音量で警告を鳴らした。とにかく身を守らなければ、殺される。一条のパンチは本能的に身を固めた近江のガードごと、彼を吹っ飛ばした。
(クソッ…!これじゃあやられちまう!)
慌てて立ち上がった近江だが、その刹那、脇腹に重苦しい激痛が走った。放たれた一条のパンチに、反応すらできなかった。一条は辛うじて立っている近江の奥襟を掴むと、その剛腕を何度も叩きつけた。地獄の業火のように身を焼く激痛に、近江の顔が歪んでいく…。