復讐の毒鼓 あとがき
ここまで読んで下さった読者の皆様、当ブログに訪れて下さった皆様、本当にありがとうございます。個人的な趣味について独断と偏見のみで始めた当ブログですが、あれよあれよという間にとうとう終幕を迎えました。
これまで当ブログに小説として書いてきた『復讐の毒鼓』の原作漫画を見つけ、ハマったのがちょうど一年前。ハラハラドキドキ、熱い展開に続きがどうなるのか気になって、読むのに没頭していた事を今でも思い出します。最初は無料漫画アプリで読んでいたため、続きが気になり過ぎてネタバレサイトをひたすら読み漁りました。その過程でふと思ったことがありました。
「コレ、小説でもいけんじゃね?」
そう思い始めると、また検索。誰か書いてくれていないものかと。そう、元々は一読者としてこの作品に触れたいと思ったのが、当ブログの原点となりました。しかしいくら探せども、出てこない。誰も書いていない。読みたいのに…。そうこうしているうち、不意に邪な考えが私の頭をよぎりました。
「誰も書いてないなら、自分が書いちゃうか!一番乗りになれるし♪」
こうして、当ブログが立ち上がったのです。
文章力には、僅かながら自信がある。しかし、今までの私の人生において、これ程の長文を書いた経験がありませんでした。まぁ、でも書き始めてしまえばどうにかなるだろうという甘〜い考えのもとに、謎の自身を振りかざして書き始めたものの、思っていたより遥かに難しい…。このシーンはどういう言葉にしよう、この表情は何を語っているのか、絵を文章に変換するとは、かくも難しいことなのか。当ブログを始めて間も無く、私は稚拙な文章力と乏しい語彙力に打ちひしがれました。
「いっそ辞めてしまうか…。」
何度そう思ったことか。身の回りの人達にこんな事を始めると、あれほど触れ回っておきながら。引くに引けない状況を作っておきながら。触れ回ったのは、挫折を予防するため。それでも何度も挫折しかけました。
そんな中、私のブログ更新意欲を奮い立たせてくれたのは、やはり読者の皆様の反応でした。
「あ…今日こんなにアクセス伸びてる…。」
これだけの事でもどれ程力が湧いたことか。文章力や語彙力の無さに開き直って(あるいは無視して?)最終話まで書き切れたのは、ひとえに読んで下さる方がいる、という想いのみでした。少し大袈裟な表現になるかも知れませんが、人の想いというものの力をこれ程感じたのは、私の人生で初めてのことでした。改めて、読者の皆様、当ブログを訪問して下さった皆様への感謝をもって、結びの言葉とさせていただきたいと思います。皆様、本当にありがとうございました。
netabare-novel
復讐の毒鼓 第90話(最終話)
この瞬間を、どれ程待ち侘びたか。泰山高校に潜り込んで約3週間、今すぐにでも殴りたい衝動を抑えに抑え込んできた。情報収集のため。敵の戦力を削ぐため。自身に課した抑圧から解き放たれた勇は今、力の限り早乙女を殴り続けている。
もう何発殴っただろう。いまだ激しく降り続ける雨音と、勇が早乙女を殴る音だけが公園に響き続ける。幾度となく殴られ続け、既に白目を剥いて気を失っている早乙女に、勇の復讐の鉄槌は止まらない。
「うああああっ!」
勇は雄叫びを上げて拳を振りかぶった。双子の兄を奪われた。父を奪われた。そのせいで母は失踪した。学校の理不尽な現状。今まで全力で抑え込んできた全ての感情を吐き出しながら振るった拳を、仁が止めた。
「もう終わりだ。終わったんだよ。」
(終わり…?これが…終わりだと…?)
仁のその言葉に我に返った勇は、血塗れになった早乙女の顔に触れた。
復讐は、果たせた。だが、後に残ったものは何だろう?心ゆくまで早乙女を殴れば、気が晴れると思っていた。しかし私怨を晴らしたところで、失った家族が戻ることはない。残ったものといえば目の前に転がる血塗れの残骸のようになった男と、自身の身体の痛みや疲れくらいである。復讐は、何も生まない。そんなことをしたところで、自分の身に起きたような悲劇がこの世から完全に消えることなどあり得るはずがない。遺された者の心の傷が癒える訳でもない。傷付いた他人。傷付いた自分。傷付いた心。ありとあらゆる残骸が、心の中に散らかるだけなのだ。そんなやり場のない感情に思わず上げた勇の叫び声が、雨の夜空に虚しく吸い込まれていった。
「なんだ?終わったのか?」
自身がスカウトした勇敢な市民達に続いて現場に着いた倉田が見たのは、リンチが復讐に変わった後の散らかった残骸だった。
『校内の不良グループを組織化させ運営していた学生グループの少年達が、一斉摘発されました。グループ内の生徒達は校長に2年半もの間、毎月50万円を裏金として渡し続け、その他の特別金と称した賄賂も含め、その金額は約二千万円に上ると見られています。それを盾に、校内暴力は明るみにならなかったことがわかりました。』
一条は勇に折られた腕にギプスをはめたまま、街中にあるビルのモニターが映す泰山高校の事件を報じる様子を少し俯いて聞いていた。事件の後一条は、勇にとって敵の立場ながらこの件に関する詳細な証言を警察に提供していた。
検察室の水谷の元で取調べを受ける早乙女の顔は、包帯や眼帯などに覆われた見るも無惨で痛ましいものだった。
「ずいぶん強力なコネがあるのね。」
「…。」
「貴方が手に入れようとしていた本物の力って、このコネのこと?」
「…。」
水谷の問い掛けに、早乙女は沈黙を続ける。そんな早乙女に、彼女は重々しく言い放った。
「まぁなんだっていいわ。これからは合法的に貴方を潰せる本物の力を見せてあげるから。」
「!」
それまで無表情だった早乙女の表情が僅かに動いた。
早乙女に法の下で罪を償う機会を与えられたのは、今回の復讐劇における勇にとっての唯一の収穫だった。だが、暴力を振るったことについては勇達の側にも同様のことが言える。私的な復讐を行うことの一番の欠点だ。だが倉田は、そんな勇達に朗報をもたらした。
「正当防衛が成立するってよ。内村清隆、南原光良、近江清十郎、木下千佳子の熱心な供述もあるし、何も言われねぇはずだ。にしても近江と遠藤のヤツ等、全部終わった後血相変えて走って来やがったぜ。笑っちまうよな。」
「走って来てくれただけでありがたいです。」
勇は至って謙虚な感想を口にした。倉田は少し言いにくそうに、口元に手を当てながら別の話題を切り出す。
「まぁな。あぁ、それとなんだ?木下千佳子とも、江上百々ともそのー…付き合わないらしーな?」
「彼女達が好きだったのは、僕じゃなくて秀ですから。」
「まぁな…。木下千佳子は秀が死んだってこと聞いて、もの凄い泣いてたしな…。」
「…。」
2人はしばし無言のまま、警察署の廊下を歩く。不意に、倉田が思い出したように口を開いた。
「なぁ、一つだけ聞いていいか?」
「はい?」
「あの状況でも木下と江上まで守らなきゃって思えたのか?」
「男にだけ義理があるわけじゃありませんから。助けてもらったし、守る義理はあります。」
「早乙女の約束を信じてたってことか?」
「早乙女が望んでたのはどちらかを選ぶことではなく、僕をひざまづかせることだったはずです。」
もしどちらかを選べば、どちらも攻撃される。勇はあの戦いの最中、絶体絶命の状況の中でそう考えていた。
「でも奴は、僕が自分に屈することでそれに満足して2人共離してやったはずです。女2人を潰すことより、僕を屈服させることが目的だったはずですから。」
「ハンッ!ガキのくせに頭働かせやがって!」
窮地に追い込まれてもなお冷静で的確な勇の判断に倉田が思わず憎まれ口を叩くと、勇の口元も少し緩んだ。
「これからどうするつもりだ?」
「…当分は休みたいです。それから…。」
先を想い、言葉に詰まる。だが、後ろを向いてばかりはいられない。
「また自分の人生に戻らないと。」
「そうか。頑張れよ。」
そう言って差し出された倉田の手と、勇はしっかりと握手を交わした。
(これからは…秀じゃなく…俺の人生が始まる…!)
勇が出入口の扉を開くと、そこから目も眩むほど眩しい光が差してくる。その光は自分の人生を歩み始めた勇の後ろに、長くくっきりとした影を作った。
復讐の毒鼓 第89話
鈍く重い痛みが、勇の全身にのしかかる。目の前に立つ早乙女の姿がボヤけて重なる。朦朧とする意識の中で、勇は虚空に向かって拳を突き出した。
「とうとう壊れましたか…。何してるんですか?」
「距離感が…ここが…こうで…。」
勇は早乙女の声が聞こえていないのか質問には答えず、虚ろな表情で突きの練習を繰り返す。傍目から見ても意識の有無が怪しく、瀕死の状態にも関わらず戦うことを止めようとしない勇の様子に早乙女の苛立ちが募る。
「マジで目障りなんだ!クソが!」
放たれたパンチを、勇が掴もうと手を伸ばす。しかしその手は虚しく宙を泳いだ。パンチを掴んでからの関節技を見抜き、早乙女は出した拳を掴まれる直前に引いたのだ。そして、もう一方の手で放ったパンチが再び勇の顔を襲う。
バゴォッ!
「どうやら君は関節技を得意としてるみたいですが、私には通用しませんよ。残念ですね。」
ダメージと疲労にがっくりと項垂れる勇を見下ろし、早乙女は冷淡に言い放った。
仁と愛の足元には大勢のナンバーズ達が倒れている。ちょうどその頃、入口に立っている木下のそばに2台のバイクが停まった。先程倉田に声を掛けられた太樹達だ。彼らは着くなりバイクを降りると、慌ただしく階段を駆け上がっていく。少し遅れて到着した倉田に、木下は呆れ顔で訊いた。
「機動隊って…コレ?」
「いいや、勇敢な市民だ。」
そう答える倉田は、なぜか自信ありげな笑顔を浮かべていた。
「とりあえず君を潰して、その後君の仲間達も潰します。本物の強さってものを教えてあげましょう。」
悠然とそう言う早乙女に、勇は中指を立ててみせた。くたばり損ないの男の挑発に、早乙女の苛立ちがピークに達する。
「この下層民風情が!」
再び相対する2人。挑発に苛立っていようとも、早乙女の冷静な戦いぶりは変わらない。
(関節技だけ気を付ければ…。コイツは今、まともな状態じゃない。)
ゴッ!
突如として、早乙女の顔に強烈なパンチが炸裂した。予想だにしない強打に早乙女は肝を潰した。
(なっ…なんだ、今のパンチ…。)
「誰が…一体誰が、俺の特技が関節技だと言った?」
今度は勇が悠然と見下ろす。何があっても、お前になど負けはしない。勇のそんな宣戦布告に、ついに早乙女がキレた。
「上等だぁっ!」
勇の顔面にパンチを放つ。勇はそれを紙一重で避けながらその肩越しに奥襟を掴むと、脇腹に拳を叩き込む。だが、早乙女も負けじと勇の脇腹にパンチを叩き込んだ。そこからは我慢比べだった。戦略も技術もかなぐり捨てた2人は、足を止めて力の限り殴り合った。殴り合いは暫く続いた。だが我慢比べとなると、元々ダメージを抱えていた勇の方が分が悪い。早乙女は前のめりに体が泳いだ勇の首を抱えると、足を引っかけて倒した。
「ほかのみんなは呼ばなくてよかったかもね。」
呻き声を上げながら足元に転がる男達を見ながら愛が呟く。総勢70人以上いたナンバーズ達は愛の途中からの加勢により、2人の手によって壊滅していた。
「さて、あっちはどーなってっかな。」
一段落といった具合に仁が送った視線の先では、勇の腹の上に早乙女が馬乗りになって右手で首を抑え込んでいた。
「いくら足掻いてもここまでだ。貴様は私に絶対に勝てない!貴様はいつまでも負け犬なんだ‼︎だから、もうくたばれぇ‼︎」
早乙女は空いている左拳を振りかぶった。身動きの取れないマウントポジションからのパンチ。覆しようのない絶望的な状況。だが絶体絶命と思われたこの瞬間、勇は身をよじって早乙女のパンチを躱した。拳を振りかぶるときに僅かに腰が浮いた隙を勇は見逃さなかった。よけ様、勇は出来得る限り体を起こし、右手で早乙女の奥襟を掴む。その手を力一杯引いて倒すと、今度は勇がマウントポジションを取り返す。両手にはしっかりと早乙女の左腕を掴んでいた。
「負け犬に…引きずり下ろされてみやがれ。」
バキバキッ!
「ぎぃやああぁぁぁ‼︎」
腕を折られた早乙女の断末魔の叫び声が、降りしきる雨の夜空に響き渡った。
復讐の毒鼓 第88話
「ぐああっ!」
折られた腕を捻り上げられた一条は、その激痛に呻き声を上げた。
バキィッ!
腕の激痛に気を取られた一条の鼻先に勇のパンチが炸裂した。今度は一条の体が泳ぐ。死に体になった一条の顔面に2発目のパンチが叩き込まれると、彼は地に膝をついた。そのまま早乙女を見遣ると、一言呟く。
「やりたい放題もここまでだ。」
一条は勇の拳に早乙女帝国の終焉を見た。明らかに満身創痍のこの男は、それでもなお強過ぎた。早乙女の射抜くような鋭い視線が、勇を見据える。
「やっぱりダメだ。」
「あん?」
近江は遠藤と共に江上を自宅へ送る途中、迷いに迷っていた。人質の安全を確保するのも大切だが、勇は今、絶望的な戦いに立ち向かっている。仲間の応援があるとはいえ、それでも頭数での圧倒的不利は変わらない。近江はようやく肚を括った。
「やっぱりお前が江上先輩を家まで送ってやってくれ。俺は公園に向かう。」
「バーカ、頭冷やせよ。お前が行ったところで何が変わんだよ。」
現実主義の遠藤の言葉が近江に釘を刺す。だがここで江上が異を唱えた。
「変わるわよ。私は大丈夫だから、公園に行ってあげて。こういう時こそ力を合わせないと。」
江上の言葉に背中を押され、心の迷いは天気とは裏腹にすっきりと晴れた。近江は着けていたリストバンドを外すと、晴れやかな表情で言った。
「お先に失礼します。」
「オイ!オイって!」
自分だけ何もしていないような感覚に浮き足立った遠藤が、慌てて近江を呼び止める。
「オレは…左手だけでなんか出来るかな?」
不安気に左手を見つめる遠藤に、近江は穏やかに言った。
「くたばってるヤツらにとどめのケリでも入れてくれ。」
「俺も…混ざる…。」
一条を下した勇は、大勢のナンバーズを相手取って戦う仁と愛の元へ歩き出す。戦いながらその姿を見た仁が、愛に一声掛けて一旦戦線離脱した。
「おう!任せたぞ!」
「了解!」
仁の後ろから金属バットを振りかぶる男を蹴飛ばしながら、愛が返事をした。相変わらずフラつきながら歩く勇を捕まえると、仁はクシャクシャに乱れた勇の髪を一つに結わえながら言った。
「勇!後は俺っちと愛に任せて…アイツだけテメーで片付けな。出来るな?」
伝説の男のトレードマークをしっかりと結び終わった仁が指差すその先から睨みつける早乙女を見据えながら、勇ははっきりと答えた。
「もちろんだ。」
「全く…どこまでも目障りですね。」
早乙女は傘を捨てて上着を脱ぎ、吸っていたタバコを吐き捨てながら勇に向かって歩を進める。同じく早乙女に向かって歩き出す勇の足取りは、宿敵を前に先程までとは打って変わって力強いものとなっていた。近付くにつれて速まる歩調。ついに2人は雄叫びを上げながら、互いに向かって走り出した。
「うおおおおおっ!!!」
「おらああああっ!!!」
互いの因縁を乗せた拳が、相容れぬ想いと共に交錯する。
バキィッ!
2人の顔が同時に弾けた。だが満身創痍の勇とは対照的に、早乙女はここまでノーダメージ。それだけに体勢の立て直しが早い。2発目のパンチに合わせて勇も構えるが、一瞬早く早乙女の拳が勇を捉える。勇はガックリと地に膝をつけた。
「時々、私は後ろで立ってるだけで本当は弱いんじゃないかって思ってる人がいるんですが…。」
早乙女は着けていた腕時計を外して拳にはめ、勇の髪を掴み上げた。
ドゴォッ!
腕時計をはめた拳を、勇の脇腹に叩きつける。
「でもどうでしょう…。予想は大ハズレ。」
バコォッ!
今度はその拳が勇のこめかみを襲う。体が泳いだところへ、頭への蹴り。勇はなんとかガードしたものの、不十分な体勢では踏ん張りが効かない。ガードごと吹っ飛ばされて地面に転がった勇を見下ろし、早乙女は吐き捨てた。
「そんな状態で私と張り合おうなんて、随分と舐められたもんですね。」
復讐の毒鼓 第87話
仁と愛が、大勢のナンバーズを相手に奮戦している。勇は五十嵐を倒すと、導かれるようにその現場へと歩き出した。
現場に現れた勇の姿を確認した数人のナンバーズ達が勇に襲いかかる。正面から鉄パイプを振り下ろそうとする男の手を掴み、肘関節を壊す。その隙に後ろから襲いかかる男に、勇は背中を預けた。一瞬遅れて振り下ろされたその男の腕を捉え、肩を支点にして肘関節を壊す。必要最小限の動きで、次々にナンバーズ達を戦闘不能にしていった。
バキバキッ!
「うあああっ!」
人だかりの外れから聞こえる呻き声に早乙女が気付いた。
「一条!」
呼ばれて振り返る一条の目に、おぼつかない足取りでこちらへ向かう勇の姿が映った。
「これくらいにしておけ。世の中自分の思い通りにならないことの方が多い。」
眼前に立ちはだかる一条が勇を諭し始める。
「お前の気持ちも理解出来なくはない。俺もわざわざ手出ししたくないが、お前が挑んでくるなら潰すしかない。それでもお前がやるって言うんなら…。」
「助けないと…。」
うわ言のように呟きながらその歩みを止めない勇の前に、一条が手を上げて行く手を阻む。その刹那、一条の背中に恐ろしく冷たいものが走った。勇の前に出した手を慌てて引く。
(なんだ?今…!油断してたら…。)
一条のその腕には勇の手形がくっきりと浮かんでいた。
「なかなかやるな…。俺もわざわざお前と戦いたくはないが、それでもお前が俺を止めると言うなら…お前を潰すしかない。」
勇のその言葉は、自身の敗北を度外視していた。虚ろに見える表情の中で、その目が光を失っていないことに一条は気付いた。
「私達2人だけで大丈夫でしょうか。」
「仕方ねぇだろ。機動隊は動かねぇんだから。」
倉田と若手刑事は、覆面パトカーで現場へと向かっていた。そんな彼らを乗せた車を2台のバイクが抜かしていくと、ハンドルを握る若手刑事の顔色が変わる。
「アイツら…!」
「待てよ…。アイツらが向かってる方向って…。」
「私達と同じです。でもアイツら、知ってるんですか?」
「当たり前だ。俺は校内暴力専門だぞ?神山とつるんでる"退学組"のヤンキーだよ。あいつら止めろ。」
少々自慢気な倉田の指示でサイレンを鳴らすと、2台のバイクは素直に停まった。
「なんスか。オレ達速度も守ってるし、ヘルメットも被ってるんスけど。」
バイクに乗る男の1人、勇の昔からの"退学組"の友人の太樹が、交通違反の取り締まりと思い込んで抗議する。しかし彼らを呼び止めた警察は、意外な提案をした。
「おめぇら、公園行くんだろ?警察の手助けして名誉市民になってみねぇか?」
「あん?」
「うちらが?」
一条のパンチを避ける勇は、息も絶え絶えに見えた。だが彼は、避けながら一条の腕を掴んだ。一条が苦悶の表情を浮かべる。油断しようものなら一瞬でやられる。勇が自分を倒す力を残していることを、一条は最初に対峙した時に身をもって確認していた。だがあくまでも相手は満身創痍。一条が掴まれた腕を無理矢理振り払うと、勇の体が泳いだ。そこへ再び一条がパンチを放つ。勇はこれも避けた。だが一条の攻撃は単発では終わらなかった。続く脇腹へのパンチを喰らい、勇はついに膝をついた。
「残念だ。万全の時に戦えたら、もっと良い喧嘩になったはずだろうに。」
今の勇は、既に甚大なダメージを抱えている。その勇へのボディブローは気力で抑えていた、あるいは怒りで忘れていたそのダメージを思い出させるには十分だ。一条は、勝利を確信して止めのパンチを放った。だが勇の不屈の闘志が、一条のパンチに空を切らせた。そして肩に担ぐようにその腕を掴む。勇は腕を掴んだその手に、ありったけの力を込めた。
バキバキッ!
一条の腕が、不自然な方向に曲がった。
復讐の毒鼓 第86話
バキィッ!
二階堂のパンチが仁の顔面を捉えた。
(この大軍の中に強ぇヤツが一人二人紛れてやがる。)
それ以外の残りは仁にとっては取るに足らないものだったが、いかんせんこの大軍だ。仁から見ていかに弱かろうとも、この中に紛れている強い者と戦う際にはこの大軍が足枷になる。だがこの時、一斉に襲いかかってきていた大軍の動きが止まった。その半数以上が入口付近へ視線を向けている。
「あー、クソおせーんだよ、短足ヤロー。」
ドゴッ!バキッ!ドゴッ!
仁が視線を向けた先にいる男達が次々に倒れていく。一人一人確実に急所を狙い、一撃で倒していく。迅速かつ正確無比な愛の攻撃は、泰山の男達をまるで小枝でも捨てるかのように倒していった。
「アイツは…?一番弱かった奴?」
早乙女が思い出したのは、以前セッティングしてもらった決戦の時のこと。時を同じくして佐川も思い出す。
「ただの雑魚だ。俺に一発でやられたヤツだからな!」
吐き捨てながら一直線に突進した。だがそんな単純で直線的な突進など、愛にとっては格好の的だった。重量級のタックルをひらりと後ろに跳んで躱すと同時に、かんざしの連撃が佐川を襲った。
「ゴフッ…。」
額、喉、肩、鳩尾への強烈な痛みが、佐川の身体機能を根こそぎ奪う。
「思ったより…弱いんだね。」
「コイツ…!」
完全に見下して冷淡に言い放つ愛に歯ぎしりする佐川だったが、その動かなくなった身体は続く愛の蹴りに成す術なく沈むより他なかった。
バゴォッ!
ナンバーズ幹部があっさりと倒される様子に、全員が固まっていた。そんな中、愛は仁に歩み寄る。2人は互いの拳を突き合わせた。反撃開始だ。
同じ頃、勇は五十嵐に公園の隅まで引きずられていた。適当な所まで来ると、五十嵐は勇を手近な木に叩きつけた。
「そろそろ終わらせてやるよ。オメーで遊ぶのも飽きてきたわ。…なんか言えよおらぁ!」
バキィッ!
既に抵抗する力を失っている勇を、五十嵐の無慈悲な蹴りが襲う。力無く倒れる勇の頭を五十嵐は踏みつけた。
「オレも早乙女みてーにかっこよく説教たれてやりてーんだけど、オレは体で覚えさす方が向いてるみてーだわ!」
ドゴォッ!
情けの欠片もない蹴りに、勇の体が再び吹っ飛ぶ。
「オイオイ、弱っちぃな。ある程度やってくれねーと殴りがいもねーぞ。」
相手の状態など関係ない。ただ目の前の者をいたぶる事にのみ快楽を覚える鬼畜のようなその男は、背後に聞こえた足音に振り返った。
「あ?なんだ?」
「ただ…。仲間…だから…。」
そこに立っていたのは抑えきれない恐怖をその顔に湛える内村と南原だった。
「仲間?テメーらとち狂ったか?ったく…あんま笑わせんなよ。」
「うあああ!」
2人は恐怖を振り払うように大声を上げて五十嵐に立ち向かった。勝ち目が無い事など、分かりきっていた。だが、同じく勝ち目のない戦いに真正面から立ち向かう男の姿を散々見てきた。そしてその男は、ついに自分達を"仲間"と呼んでくれた。その想いに応えずして、何が男か。内村は一心不乱に拳を振るった。しかし、無情にもその拳は空を切る。五十嵐が避け様に放ったパンチを顔面にまともに喰らって倒れた。続く南原のパンチも五十嵐は難なく躱し、その顔にパンチを叩き込んだ。
死ぬ程痛かった。何より、怖かった。相手は親衛隊の5位。自分が勝てる訳がない。だが内村は、それが分かっていても諦めなかった。すぐに立ち上がると、五十嵐の顔めがけて蹴りを放つ。しかしやはり当たらない。五十嵐は蹴りを避けながらその足を掬い、内村を地面に叩きつけた。足を絡めたまま倒されて身動きが取れない。力にも技術にも、その差は歴然としていた。
「虫ケラ共め。テメーらみてーなのが1番タチわりぃんだよ。悲しませることになる親御さんに謝るこったな!」
完全に据え物にした内村に向かって、五十嵐がパンチを振り下ろす。だがその拳は、途中で何かに阻まれた。
「あぁん?」
予想だにしない感触に振り返った五十嵐が見たのは、自分の拳を掴む勇の姿だった。勇はもう一方の肘を、五十嵐の腕に向かって振り下ろした。
バキバキッ!
「ぐあああっ!」
断末魔の叫び声と共に、五十嵐の腕があり得ない方向に折れ曲がる。勇は間髪入れずに五十嵐の服を掴むと、彼の顔を近くの木に叩きつけた。五十嵐の顔面が木に当たった瞬間。
バキィッ!
五十嵐の後頭部に勇の肘が直撃した。2度もの頭部への強烈な打撃を受けた五十嵐は、力無くその木の根元に崩れ落ちた。
「休憩終わり。」
倒れた五十嵐を見下ろしながらそう呟く勇の目には、復讐の焔が燃えたぎっていた
復讐の毒鼓 第85話
「雷藤…仁…?」
「レスリングをやってた雷藤…?」
仁の雄叫びに佐川と早乙女の顔色が変わる。レスリング界の麒麟児の名は同年代であることも手伝ってか、不良達の間でも知られていたのだ。仁の素性がようやく理解できた早乙女はすぐさま指示を出した。
「レスリングをやってた奴はすぐバテます。なので出来るだけ引き延ばして下さい。それから佐川は番外と四宮に電話して、女どもを片付けるよう言って下さい。」
早乙女の残虐な指示を、佐川がすぐに実行に移す。
路上に倒れる番外の携帯の呼び出し音が鳴る。だが既に気を失っている彼がこの音に反応することはなかった。彼と同じく既に倒された四宮も同様だった。
公園の入り口で待機する木下に、バイクのエンジン音が近付いてきた。愛が到着した。
「木下さん?」
「出前野郎?」
初対面の2人はまず、お互いを確認し合う。それが済むと、愛は仁と同じように木下を諭した。
「ここは危ないから、他のとこに隠れてて下さい。」
「別にヘーキ。」
仁のときと同じように逃げることを拒む木下を見て愛は優しく微笑むと、現場へと続く階段を駆け上がる。しかしすぐに止まり、木下の方へ振り返った。
「なんか細長いもの、持ってます?」
「これなら。」
木下がそう言って手に取ったのは、先程番外の手下と戦った時に使ったかんざしだ。愛はそれを受け取ると、すぐに現場へ向かった。
「ウルァ!」
バゴオッ!
仁の圧倒的な強さの前に、ナンバーズ達は次から次へと倒れていく。状況を見かねた早乙女が、より強力な駒を動かした。
「二階堂、三鷹!2人がかりで行って下さい。」
親衛隊2位、3位が立ちはだかる。仁は2人の顔を見るなり、すぐさま二階堂に殴りかかった。
(こりゃ1発でもまともにくらったらヤベぇな…。)
辛うじて仁のパンチを避けた二階堂だったが、そのあまりの拳圧に背筋が凍る思いだった。二階堂と対峙する仁に、後ろから三鷹が飛びかかる。
「こっちは2人なんだよ!」
ドゴォッ!
その声を聞いて振り向き様に放った仁の蹴りが、三鷹の腹に深々と突き刺さった。だがその隙を見逃すほど親衛隊2位は甘くない。仁が三鷹に蹴りを放った刹那、二階堂は仁の軸足を刈った。たった一本で身体を支えるその足を刈られては、さしものレスリングチャンピオンも立ってはいられない。仁が転んだところへすかさずナンバーズ達が鉄パイプを振りかざす。仁は身をよじってそれらをなんとか躱すとすぐに体勢を整え、目の前の男の顔に頭突き、パンチを続け様に喰らわす。だがその隙に後ろから襲いかかった男の鉄パイプが仁の頭に当たった。こんなもので頭を殴られてはひとたまりもない。男は一瞬勝利を確信した。だが次の瞬間、男は信じられないものを目の当たりにした。目の前の男は自分の頭を殴った鉄パイプを掴むと、何事もなかったかのようにこちらへ振り向いたのだ。男の顔が恐怖に引きつる。もはやどんな生き物を相手にしているのかさえ分からなくなっていた。
「オルァアアッ!」
仁は掴んだ鉄パイプごと男を投げ飛ばすと、その鉄パイプの先を向けて男達に威嚇した。
「テメーらの脳天カチ割ってやらぁ!」
「電話、出ないぞ。」
「クソッ。」
佐川の報告を受けた早乙女が、その顔に不快感を露わにする。
「もうどうでもいいです。一条。」
「ん?」
「神山は任せました。」
「…。」
「どうしました?」
あくまで自ら手を下そうとしない早乙女。一条はそんな彼に不満がある訳ではなかったが、今自分が手を下すことには不満があった。
「戦う力も残ってない奴と張り合うのが癪に触る。」
悪の限りを尽くすナンバーズ内において辛うじて男気と呼べるものなど、今一条が見せたそれ以外ない。そんなものとは無縁と思われる早乙女だったが、親衛隊1位の意見だけに彼は一条の言い分を尊重した。
「五十嵐。」
「おー。」
「神山が回復する前に終わらせて下さい。」
指示を受けた五十嵐の顔が、極めて卑しい薄ら笑いを浮かべる。
「俺の手で終わらせていーワケ?ゾクゾクするぜ。」
「茶番はここまでです。残りの親衛隊で雷藤を潰して下さい。」
仁は総勢約70人を相手に孤軍奮闘していた。個の力としては圧倒的な強さを誇る仁だったが、70対1ではあまりに多勢に無勢。その大軍を前に、徐々に旗色が悪くなっていく…。