復讐の毒鼓 第87話
仁と愛が、大勢のナンバーズを相手に奮戦している。勇は五十嵐を倒すと、導かれるようにその現場へと歩き出した。
現場に現れた勇の姿を確認した数人のナンバーズ達が勇に襲いかかる。正面から鉄パイプを振り下ろそうとする男の手を掴み、肘関節を壊す。その隙に後ろから襲いかかる男に、勇は背中を預けた。一瞬遅れて振り下ろされたその男の腕を捉え、肩を支点にして肘関節を壊す。必要最小限の動きで、次々にナンバーズ達を戦闘不能にしていった。
バキバキッ!
「うあああっ!」
人だかりの外れから聞こえる呻き声に早乙女が気付いた。
「一条!」
呼ばれて振り返る一条の目に、おぼつかない足取りでこちらへ向かう勇の姿が映った。
「これくらいにしておけ。世の中自分の思い通りにならないことの方が多い。」
眼前に立ちはだかる一条が勇を諭し始める。
「お前の気持ちも理解出来なくはない。俺もわざわざ手出ししたくないが、お前が挑んでくるなら潰すしかない。それでもお前がやるって言うんなら…。」
「助けないと…。」
うわ言のように呟きながらその歩みを止めない勇の前に、一条が手を上げて行く手を阻む。その刹那、一条の背中に恐ろしく冷たいものが走った。勇の前に出した手を慌てて引く。
(なんだ?今…!油断してたら…。)
一条のその腕には勇の手形がくっきりと浮かんでいた。
「なかなかやるな…。俺もわざわざお前と戦いたくはないが、それでもお前が俺を止めると言うなら…お前を潰すしかない。」
勇のその言葉は、自身の敗北を度外視していた。虚ろに見える表情の中で、その目が光を失っていないことに一条は気付いた。
「私達2人だけで大丈夫でしょうか。」
「仕方ねぇだろ。機動隊は動かねぇんだから。」
倉田と若手刑事は、覆面パトカーで現場へと向かっていた。そんな彼らを乗せた車を2台のバイクが抜かしていくと、ハンドルを握る若手刑事の顔色が変わる。
「アイツら…!」
「待てよ…。アイツらが向かってる方向って…。」
「私達と同じです。でもアイツら、知ってるんですか?」
「当たり前だ。俺は校内暴力専門だぞ?神山とつるんでる"退学組"のヤンキーだよ。あいつら止めろ。」
少々自慢気な倉田の指示でサイレンを鳴らすと、2台のバイクは素直に停まった。
「なんスか。オレ達速度も守ってるし、ヘルメットも被ってるんスけど。」
バイクに乗る男の1人、勇の昔からの"退学組"の友人の太樹が、交通違反の取り締まりと思い込んで抗議する。しかし彼らを呼び止めた警察は、意外な提案をした。
「おめぇら、公園行くんだろ?警察の手助けして名誉市民になってみねぇか?」
「あん?」
「うちらが?」
一条のパンチを避ける勇は、息も絶え絶えに見えた。だが彼は、避けながら一条の腕を掴んだ。一条が苦悶の表情を浮かべる。油断しようものなら一瞬でやられる。勇が自分を倒す力を残していることを、一条は最初に対峙した時に身をもって確認していた。だがあくまでも相手は満身創痍。一条が掴まれた腕を無理矢理振り払うと、勇の体が泳いだ。そこへ再び一条がパンチを放つ。勇はこれも避けた。だが一条の攻撃は単発では終わらなかった。続く脇腹へのパンチを喰らい、勇はついに膝をついた。
「残念だ。万全の時に戦えたら、もっと良い喧嘩になったはずだろうに。」
今の勇は、既に甚大なダメージを抱えている。その勇へのボディブローは気力で抑えていた、あるいは怒りで忘れていたそのダメージを思い出させるには十分だ。一条は、勝利を確信して止めのパンチを放った。だが勇の不屈の闘志が、一条のパンチに空を切らせた。そして肩に担ぐようにその腕を掴む。勇は腕を掴んだその手に、ありったけの力を込めた。
バキバキッ!
一条の腕が、不自然な方向に曲がった。