復讐の毒鼓 第70話
「神山大二郎?顔にしろ名前にしろ田舎臭いですね。どうせ力仕事がなんかでしょう。」
兄が起こした事故に関するファイルを見た早乙女が率直に思った事を躊躇いなく口にすると、急に父親の雰囲気が変わった。
「故人をバカにしてるのか?」
至極真っ当な意見を言う父親に、しばし圧倒された。
「え…いえ…すみません、父さん。」
「私が処理するから、お前は勉強でもしなさい。これはもらっておく。」
「はい。私はどうせ兄さんともそんなに仲良くないですし。」
そう言って父親にファイルを手渡した。
「神山大二郎…。そうだ。あの時バカにして叱られたあの土方…。」
「ん?どういうことだ?」
そんな家族内の事情など知る由もない右山が訊くと、早乙女はひと通り説明した。
「去年うちの兄が交通事故で人を1人死なせました。うちの父親が弁護士だったために事件の資料を見たのですが。」
「ってことは…。」
「そうです。その被害者が神山の父です。」
「それに…神山のヤツ、双子なのか?だとしたら…いま学校に出て来てるのは、まさか…。」
疑惑はついに、核心に迫る。
「兄弟揃ってつぶされることになりそうですね。」
「神山秀は?」
「まだどこかで治療中か、もしくは…死んだ。」
さすがに戦慄が走った。早乙女を除いて。
「でも今回はマジで大ごとになるんじゃねーか?相手も備えてるだろーし…。」
早乙女はそんな佐川の心配事にも動じない。対処の仕方は十分に心得ている。
「問題ないですよ。貧乏人にはなんのコネも力もないですから。出来る事なんてせいぜい署名活動くらいでしょう。」
「どっかのテレビ局とか報道局に売り込まれたらやばくねえか?」
「名誉毀損で放送禁止にさせて、裁判に持ち込めば問題ないです。それから両者の意見を聞くべきだと世間が騒ぎ出した時、これが真実だとウソの書き込みでもすれば世論は勝手に静かになります。」
側で話を聞いていた右山も舌を巻く。
「まぁな…お前の親父さん、弁護士だしな。検察とか裁判官の知り合いも多いんだろ?」
「法的に私に勝つことは不可能ですよ。」
そんな2人のやりとりを聞きながら、佐川が隣の部屋のドアを開ける。照明に照らされたその部屋には今この場にいる3人にとって、驚くべき物があった。
「おい!こっち来てみろ!」
佐川の慌てた声に2人も部屋へ入る。その部屋にはおびただしい量の書き込みがされていた。
『早乙女零 危険』
『不良は各クラスに2〜3人 情報は全て共有』
『3週間謹慎 バレたらやばい 秘密裏に』
『屋上 3年が使用 副会長が管理』
『山崎哲郎 パシリ ピンチ』
『副会長:9組 右山道夫』
『<秀の手帳は何処?秀に情報を流してた味方は誰?>』
『仁、愛 一緒にやるかも』
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「ついに…。」
勇が数々の情報を書き込んだ壁の前に立つ早乙女の顔が、見る見る歪んでいく。
「全てが明るみに出ましたね!」
「行きましょう。」
緊張した面持ちで見張に立つ遠藤に、家から出て来た早乙女が声を掛けた。
「序列決めの喧嘩に勝ったのに親衛隊に入れなくて悔しかったですか、遠藤。」
遠藤の肩に手を回しながら早乙女が訊く。
「いっ、いえ。」
「来週にある指示を出します。うまくやれば親衛隊に入れることを約束しましょう。」
「え?」
遠藤は思わず聞き返した。親衛隊に入れなかったのは、確かに悔しかった。だが、なぜ今になって…。
「簡単なことです。言われた通りにすればいいだけ。できますか?」
「はい、できます。」
親衛隊に入れるなら、何だってやる。遠藤は二つ返事で答えた。
「今日はこの位にしておくか。」
一条が早乙女潰しの作戦会議をシメる。
「あぁ、来週中に7対7の日程決めるってことで。」
「来週までは待機でいいですか?」
「おう。俺たちが雰囲気作っとくからそれまで待っとけ。」
近江の問いに、五十嵐が意気揚々と答えた。
その夜、倉田は水谷検事から電話を受けていた。
『加藤圭が送致される前にこちらでいくつか聞き出したのですが、あとは倉田警部にお願いすることになりそうです。』
「と言うと?」
『とりあえず…加藤の陳述書を取りに来て頂けますか。それから木下千佳子に陳述内容の確認をお願いします。それからまた話しましょう。』
「あー、わかりました。あ、それから口座調査の令状は出ませんかね。」
『ええ。要請はしてみましたが、やっぱりダメでした。ですが、子供達から陳述を得た後要請すれば通りそうです。』
「はい。それでは…。」
「捜査命令ですか?」
電話が終わると、若手刑事がすぐに訊く。
「あぁ、動きがあったようだな。オイ、検察署行くぞ。」
「はい!」
「え?通帳が?」
教室で電話をとった木下の話を席で聞いていた江上は、思わず身をすくめた。
「最近はオンライン口座使ってるから…。部室にしまっておいたのは確かだけど…。…ちょっと待って。」
携帯を耳から離した木下が睨みつける視線の先には、蒼ざめた顔の江上が俯いていた。