復讐の毒鼓 第56話
すっかり日が落ち街灯の明かりが浮かび上がる公園で、再び2人は睨み合う。ちょうどその頃学校では、通知を受けた木下がクラス全員に聞き込みをしていた。
「神山秀と同小の人いる?」
しばし待つも、返事はない。
「いないワケ?」
「私…だけど…どうして?」
恐る恐るそう答えたのは江上だった。
「あんた、同小だったの?」
「う…うん。5年生の時、同じクラスだったけど…。」
「放課後屋上来て。」
木下の圧力を前に江上は、今しがた名乗りを挙げたことを後悔した。だが以前秀(勇)に渡した通帳の暗証番号も聞き出せずにいる今、自分が彼にしてあげられる事は無いか。何をされるか分からないような、こんな事に江上が首を突っ込む理由はその一点のみだった。
勇の鋭く踏み込む足音が、公園の暗闇を切り裂く。勇は瞬時に間合いを詰め、八木の腹にパンチを入れた。それとほぼ同時に、右手で八木の奥襟を掴む。八木はすぐに振り払おうとしたが、逆に頭を押し下げられた。
バキィッ!
勇の膝が八木の顔面に突き刺さる。
(今だ。)
膝蹴りを喰らって怯んだ八木の隙を見て取ると、勇は奥襟を掴んだまま矢継ぎ早に左のパンチを叩きつけまくった。
(早く体勢を立て直さねえと…。このままだとやられる…!)
焦る八木。とにかく早く体勢を整えようと慌ててもがいた八木の動き出しを、勇は見逃さなかった。
「あ…。」
言葉にならない声を上げた八木の目に映ったのは、天高く突き上げられた勇の足。その足がそのまま振り下ろされると、勇のカカトが八木の脳天にめり込んだ。
「江上百々?」
木下に連れられて屋上へ来た江上に、早乙女は意外そうな顔で言った。江上の顔からは緊張感が見て取れる。何をされるか分からない恐怖に、江上は一人気を張っていた。
「いくつか聞きたいことがあるだけです。そんなに身構えることないですよ。」
「な…なに?」
「神山秀…。小学生の時、喧嘩は得意でしたか?」
「シュ…シュウ?」
早乙女の突拍子もない質問に思わずその名を復唱した江上の頭の中に浮かんできたのは、小学5年生の時の記憶…。
「ちょっと!」
秀の頭を殴った、クラスの中でも一際体格の良い少年に江上は声を掛けた。
「シュウのこと、ぶたないで!」
江上のあまりの剣幕に、その少年はすごすごと退散していった。
「全然…。どうして?」
当時の記憶からしても、秀と喧嘩というものが全く結びつかない。
「…おかしいですね。」
「も…もう話終わったなら帰っていい?」
知らず知らずの内にボロが出てしまっては、後々が不安だ。だが早々に立ち去ろうとした江上に、早乙女はさらに質問した。
「神山秀。どんなヤツでしたか?」
「別に…。今と一緒よ。真面目で、大人しくて…。」
「同じ小学校のヤツは他にいませんか?」
「私とシュウの小学校はここと学区域が違うから…。他にはいないわ。」
「いつ引っ越して来たんですか?」
「シュウは6年生で、私は中3。」
「そうですか。分かりました。もういいですよ。」
ようやく、えも言われぬ威圧感から解放された。
教室へ戻る廊下を歩く江上に、またも当時の記憶が蘇る。先程の体格の良い少年を、今度は秀が殴っているのを見つけたのだ。
「シュウ!なにしてるの!」
あまりに唐突なこの状況に、慌てて声を掛ける。そんな江上の方を見た秀と思しき少年の口から、不可解なセリフが飛び出した。
「オレ秀じゃねーもん。」
当時と今。状況が似てはいないだろうか?まさか…。