復讐の毒鼓 第57話
「お前こっちだろ。明日な。」
「え?あぁ…。」
軽く挨拶をして帰ろうとした勇だったが、内村の生返事が引っかかる。そういえば先程八木について聞いた時も、どこか心ここに在らずといった感じがしていた。
「内村。」
「え?あ、うん…。」
「なにかあったか?」
勇の問い掛けにも反応が薄い。
(様子がおかしい。早乙女に何か言われたか?)
「俺の肩の話は広めたか?」
疑いながらも勇は別の話を振った。
「あ…いや…明日…。」
「いや、もう大丈夫だ。このくらいあいつならすぐ勘づく。」
「分かった。」
(内村…。何かあるかもしれないな。)
帰っていく内村の背中を見ながら、勇はひとりごちた。
早乙女は夜の屋上で、ソファに座って八木から送られた動画を何度も見ていた。
(この戦い方…。只者じゃありません。)
「そこでずっと何してんだ?」
屋上に来た佐川が、先程からずっとソファに座って携帯を見続けている早乙女に聞いた。右山も一緒にいる。
「おかしいと思いませんか。」
「あん?何がだ?」
「神山の喧嘩の実力は、私の頭の中を随分とごちゃごちゃにしてくれます。」
「何か策は思いついたのか?」
「9位、10位じゃどうせ勝ち目はありません。7位の七尾満でいきます。」
「でも神山の戦いぶりは皆川の言う通り3位以上だったろ?」
7位では太刀打ちできないのでは。そんな佐川の意見に右山が口を挟む。
「そこまでやる必要ないだろ。五十嵐で十分だ。でも七尾は…。」
「いや、七尾なら手段を選びません。私も、どんな方法でも許可するつもりです。」
教室で机に伏せて眠る七尾の携帯が鳴る。勇と臨堂が戦う動画が早乙女から転送されていた。
「なんだあ?つえーじゃん。」
すぐに確認した動画から、勇の実力を認める。肩の怪我については、勇の読み通り早乙女から伝わっていた。
「右肩は使えないっと…。んだよ、ちょれーじゃん。」
翌朝。大勢の生徒達が登校する人波の中で学校に向かって歩く勇に、忙しなく走る足音が近付いてきた。
「シュウ!」
「ん?」
駆け寄ってきたのは江上だった。
「ちょっと来て!」
「え…ちょっと…。」
江上は挨拶もそこそこに勇の手を掴むと、そのまま校舎の中まで引っ張っていった。その少し後ろを歩く木下が、2人の様子に刺すような眼差しを向けていた。
「ねぇ、シュウ。」
購買の自販機で買った缶コーヒーを手渡しながら話す。
「正直に話してほしいの。」
「なにを?」
「あなた…。」
意を決したように鋭い眼差しで、真っ直ぐに勇を見据えて言った。
「シュウじゃないでしょ。」
江上は昨晩思い出した、小学生の時の話をした。勇が体格の良い少年を散々痛めつけていたところを、江上が止めた時の話だ。当時の事は勇も覚えていた。その記憶の中で勇を止めた少女は、悲しげな目で勇を見つめていた。
(あの時の子が…江上百々?)
「私が当ててみましょうか?」
「なんの…こと?わからないな…。」
貰った缶コーヒーの蓋を開けながら誤魔化そうとする勇の顔を、なおも真っ直ぐに見据えながら江上は言った。
「あなたは…シュウの双子…。ユウでしょ?神山勇。」
「…。」
「一体…何を企んでるの?シュウはどこ?」