復讐の毒鼓 第58話
「すいません。」
予備校へ通う愛に声を掛ける男がいた。見ると、どこかの学校の制服のようなものを着ている。
「ちょっとお伺いしたいんですけど。」
「はい?」
「この辺に東伸高校ってありますか?」
道聞きだった。きっと最近転校してきたのだろう。普段配達の仕事をしている愛にとって、この手の質問に答えるのは容易い事だった。
「東伸なら、まっすぐ行って突き当たり左行けばすぐですよ。」
「ありがとうございます。」
(あーあ、羨ましい。)
教えてもらった道を歩いていく男の後ろ姿を眺めながら、愛は独り心の中で呟いた。
(僕も昔はあーやって制服着てた時代があったのに。)
愛にしても、自ら好んで"退学組"になった訳ではなかった。元々は不良から足を洗い、真面目に学生生活を送ろうとしていたのだ。
「おーい。」
独り物思いに耽る愛に、また声を掛ける男がいた。
「ジョー…。なに?僕に会いに来たの?」
「あぁ、ちょっと聞きたいことあってな。」
声をかけてきた男の名は浜田ジョーといった。愛がまだ退学になる前に通っていた紀星高校という学校で、最も仲が良かった男だ。2人は予備校の前に座って話し始めた。
「僕はいい。それより早く話して。授業始まっちゃうから。」
愛はジョーから勧められたタバコを断る。
「高校通ってるオレよりマジメじゃねーか。いや、それがよ。泰山の早乙女が他校の不良達に神山秀のこと聞き回ってんだ。」
「神山秀?」
「あぁ。お前と仁がつるんでるヤツだろ?」
「ちがうよ。毒鼓は神山勇。」
「あぁ、そうだったな。アイツは勇か。タメだから兄弟じゃないし…。関係ない別人ってことか。」
この2人や仁なども、勇の双子の兄の存在は知らない様子だ。
「でもなんで急に?」
「オレだって知らねーよ。早乙女のヤローが偉そうに連絡回してウゼーからシカトしてやろーかと思ったけど…。そういやお前のダチだった気がして確認しに来たんだよ。もしそーだったら知らねーフリしとこーと思って。まっ、違うならいいわ。勉強がんばれよ。」
忙しそうな愛に一瞥すると、ジョーはさっさと帰っていった。そんなジョーの後ろ姿を眺めながら、愛はいつぞやの時のことを思い出した。
「神山秀…知ってますか?」
これは泰山高校の"3人組"との決闘が終わった後、早乙女が仁に上着を手渡しながら言ったセリフだ。
「神山秀…ただのガリ勉くんだろ。」
セリフの途中に入っていた微妙な間が、今になって気になってきた。
(そーいや仁は何か知ってそうだったな…。)
「はぁ…。なんだこれ。サッパリわかんねぇ。」
その頃仁はパソコン整備の専門学校に通って勉強していたのだが、目の前の課題に悪戦苦闘していた。そんな仁の元へ着信が入る。
「おー、どした?」
「夜時間ある?」
愛からだった。
「黙ってたらあなたはユウだって皆にバラすわよ。」
江上が返事を迫る。これ以上、勘の良い女を騙し続けることには無理がある。勇は観念した。
「お前…秀の味方だよな?」
「…!」
予想していたこととはいえ、いざ事実を突きつけられると動揺を隠せない。
「あなた…本当に…?」
「そんなに顔に出すな。周りに怪しまれる。」
江上は指摘を受けて慌てて体を勇に寄せると、周りを気にしながら耳打ちした。
「じゃあ、あなたはシュウのふりをしてるの?どうして?シュウはどこ?」
「その話は後でする。」
「どうしてシュウのふりなんか…。」
「頼みたいことがある。」
「え?」
矢継ぎ早な江上の質問を一旦抑える。
「誰にも言うな。それから…秀の為を思うなら、俺を手伝って欲しい。」
「どうやって?」
「騒ぎ立てずに静かにしてればいい。」
「でもあなたがユウなら…。去年シュウがしたこと、知ってなくちゃいけないんじゃない?」
「え?」
この女はいったいどこまで知っているのか。秀は何をしようとして、あんなことになったのだ…。止めどなく浮かぶ疑問が、勇の頭の中を渦巻く。
「去年シュウが何をしたか、教えてあげる。私の番号あるわよね?放課後電話して。」
江上はそう言ってその場を立ち去った。2人の様子を、木下が肩越しに睨みつける…。
「そうですか。江上と神山が話し込んでいたと…。」
屋上にいる早乙女に、木下はすぐに先程の2人の様子を報告した。
「うん。江上のヤツ、なんか知ってそうだった。」
「今他校のヤツらが、神山秀の情報を集めています。遅くとも今週中にはどんな人物か分かるでしょう。もし江上が私を騙していたなら…。それなりの対処が必要ですね。」
「対処?」
「大した事ありませんよ。ただ女に飢えた野郎共ならいくらでもいます。」
早乙女は、女の尊厳、未来を奪うことに微塵の躊躇いもない。頬に冷や汗を伝わせながら、木下は訊いた。
「神山はどうするつもり?」
「これからが見ものですよ。少しはしゃぎ過ぎですね、アイツは…。」
早乙女は薄ら笑いを浮かべた。