復讐の毒鼓 第22話
「木下さん…知ってるでしょ?彼女名義の通帳なの。」
秀としてこの学校に潜り込んだ以上当然のことだが、全て知っている体で話が進んでいる。まさか実は双子の弟だったなどと、こんなところでバラすわけにはいかない。
「実は…1年前の事故で記憶がほとんどないんだ。詳しく話してくれない?」
「えっ?そうなの?木下さんはナンバーズの会計で、女子副会長よ。」
「会計?ナンバーズの?」
「要するにナンバーズのお金の出入りがこれで分かるわけ。記帳は去年11月までだけど、だいたいは分かると思うわ。」
「見ても何が何だかさっぱり分かんないよ。」
「ナンバーズのカツアゲ額がどれくらいで、どこに使っているかが分かるじゃない。」
有力な情報だ。江上は通帳の項目を指差しながら解説を始めた。その通帳の内容によると、一般生徒達は1人当たり週に千円カツアゲされていた。1クラスが30人余りだが、パシリは上納を免除されているため、それを除くと1クラス週に3万円集金している事になる。月に換算すれば12万だ。
「ひと学年に15クラスでしょう?…ということは…合計…。」
そう言いながら、江上は携帯の電卓で計算する。
「全校生徒からの集金額、ひと月に540万円!」
計算結果の画面を見せながら江上が言う。
(…企業かよ…。)
勇は現実味のカケラも感じられないこの数字に思わず絶句した。江上の解説は続く。
「親衛隊の20人に毎月8万ずつ支給されるの。早乙女は自分に50万。右山と佐川が30万、木下さんは25万。」
ここまで聞いて、勇は気になる項目を見つけた。
「"その他"の50万は?」
「それが分からないのよ、毎月50万ずつが誰なのか…。あとクラスの番長が3万で、残りは経費に使うか繰越…。」
高校生にとって月8万は大金だ。親衛隊になりたがるのも頷ける。
(早乙女零…。ある意味でスゴい奴だ。不良サークルを企業化して運営するなんて、聞いたことがない。)
「シュウ、何考えてるの?」
想いを巡らせていると、すぐに勘付かれた。女の勘は侮れない。
「いや、何でもない。でも木下さんの通帳、勝手に見てもいいの?」
「彼女は今、スマホで口座を管理してるからね。通帳がここにあるのも忘れてるわよ、きっと。」
「で、何で僕にこれを?」
「えっ、覚えてないの?事件の前に言ってたじゃない。」
1年前、秀は江上に、この通帳があればどうにかなりそうである事を打ち明けていたのだ。
(秀はどこまで掴んでいたのか…。)
「ねぇ、シュウ。ちょっと変わったね。」
再び想いを巡らせていたところに、寝耳に水である。
「えっ?ど…どこが?」
「無口なほうで、喋ってもシャイな感じだったのに、今は何か違う。」
「以前はどうだったの?」
「物静かだったよ。2人で話したこともほとんどないもん。かなり人見知りだったわね。ふふっ。」
あまり長く秀の話を続けると、また何に勘付かれるか分かったものではない。勇は話題を変えた。
「この通帳、僕が貰ってもいいのかな?」
「ハンコも持ってて。シュウ、私より頭いいからその方がいいと思う。」
言いながら印鑑を手渡す。
「じゃあ、授業始まるから…。」
秀をよく知る、勘の鋭い人間との接触は、やはり油断できない。勇はこの接触を短時間で切り上げる口実と共にその場を後にしようとした。だが部屋のドアを開けようとしたところで江上が呼び止める。
「シュウ。」
「うん?」
「あの…よかったら、暗証番号調べようか?」
「暗証番号?どうやって?」
「木下さんと今、同じクラスなの。部活は必須だから、一応文芸部に入ってるんだ。活動はほとんどしてないけどね。でも卒業前には作品を提出しないといけないし、私が部長だからそれとなく話し掛けてみようかなって。」
ここまで話すと江上は、急にはにかんだような顔で視線を泳がせながら話を進めた。
「だから…木下さんと少しずつ仲良くなれば…探れるんじゃないかな…なんて…。」
その様子を見て、勇は微かに口角を上げる。
(秀に片想いか…。使える。)
「できたら頼むよ。ありがとう。」
「…!シュウに頼まれるの、初めてだから。うん、やってみる!」
江上は張り切って答える。勇はその笑顔に向かって軽く頷いてみせると、廊下に出てドアを閉めた。
室内に一人きりになると、江上は胸に手を当てて大きく息をつく。それが終わると、今度は歓喜の声を上げた。
「きゃー!「頼むよ」だってー!」
廊下に声が漏れている事に、江上はもう気が回らなかった。
「ふうむ、そういうことだったのか。」
アゴを手で撫でながら、在木八千流が言う。呼び出した南原と内村から、詳細を聞いていたのだ。
「分かった。てことは、お前らは神山側じゃねぇってことだな?」
「当たり前だろ?」
即答する南原。しかし内村はその横で、思わず言葉にならない声を上げてしまっていた。すかさず在木が問い詰める。
「何だ、お前は神山か?」
「ち…ちげーよ、冗談じゃない。」
慌てて否定する。組織を敵に回すわけにはいかない。
「ククク、よーしいいぞ。善は急げってな。お前らにやってもらうことがある。」
「何だ?」
南原が問うと、在木は不気味な笑顔を浮かべてひとことだけ言った。
「裏切り。」