復讐の毒鼓 第21話
生徒のほとんどが窓際に集まっていた。窓の向こうで何やら話している勇と近江のやりとりを、固唾を呑んで見守っている。
「あいつら、何話してるんだ?」
「俺が知るかよ。」
南原の疑問に内村がぶっきらぼうに答える。タイマンではなさそうなどと話していると、内村に後ろから声を掛ける者がいた。
「なぁ、近江とあの陰キャと何やってんだ?」
「お前にはまだアイツが陰キャに見えるのか?」
"陰キャ"という言葉に反応し、思わずこんなセリフが内村の口をついて出た。勇の圧倒的な強さを身をもって知る内村や南原にとっては、"陰キャ"ほど彼に似合わない言葉は無い。しかし"神山"の本性を未だ知らずにいるその他大勢の者達にとって、今のこの状況は全く理解し難いものだった。
「今の話は聞かなかったことにする。」
ナンバーズを潰すと豪語する勇に近江はひとことそう言うと、見物の人だかりの真ん中を悠々と歩いていった。
(近江清十郎…。動じず、侮れないタイプ。しかし親衛隊である以上、潰すべき対象。)
近江の後ろ姿に、勇は刃物のような鋭い眼差しを向けていた。
「近江、どうだった?」
遠藤の連れが廊下を歩く近江に訊く。
「忠告だけしといた。」
「剛が入院したんだぞ。」
親友がやられたのに忠告だけかとハッパをかけたつもりだったが、近江はそれにも動じなかった。
「見舞いに行くよ。」
「お…おい…。」
連れの男はその背中を呆然と眺めるほかなかった。不意に、何者かが連れの男の肩を叩いた。
「何だ?近江の奴、どうしたんだよ。」
「あ…在木か。それが、剛のことで…。」
先程近江に、謹慎中であることを忠告した在木八千流だった。
「やられたんだ。それで近江に頼んだら、親衛隊は勝手に動けないとか言って…。」
「お前〜、俺は18位、アイツは20位なんだぞ。そういうことは俺に先に言えよ。」
「勝手なことできないのはお前だって一緒だろう?」
形の上では近江に忠告した在木だったが、素直に守る気などさらさらなかった。
「あんな融通の利かねぇ野郎と一緒にすんな。会長にバレなきゃいいんだよ。それに近江は遠藤にも負けてんだし、役に立たねぇと思うけどな。」
「確かに。」
「…で?誰だよ、そいつ。」
在木の目がギラリと光った。
教室に戻ると勇は、席について窓の外をぼんやりと眺めていた。
「一体どうするつもりだよ、あいつ。」
「知るか。もともと頭のいい奴だったから、何か妙案でもあるんだろ。」
勇を尻目に南原と内村がコソコソと話す。
「俺たちはじっとしてればいいんだよな。まだ何も言ってこないけど…。」
「…だろうな。」
そんな話をしていたところに、内村の携帯が鳴った。
「何だ?"全体通知"か?ナンバーズの…。」
「いや…。在木八千流から。」
内村が答える。
「何だって?」
「ちょっと会おうって。」
「在木八千流?誰だ?」
突然後ろから聞こえた声に、2人ともギョッとして身をすくめた。いつの間にか、2人の後ろに勇が立っていたのだ。内村は動揺を抑えつつ、おずおずと勇の質問に答える。
「9組の番長。親衛隊だ。」
「会ってこい。」
ひとことだけ言うと、勇は教室の出口のドアに手をかけた。
「あ…ああ…。お前はどこに?」
「ヤボ用だ。」
この高校の別館には、文芸部の部室がある。勇は今、その部室のドアの前に来ていた。ドアを開けるとその向こうには、江上が退屈そうに座っていた。
「遅〜い!昼休み、もうすぐ終わるじゃない。」
「ご…ごめん。見て欲しいものって何?」
「あと10分しかない…。サプライズだったのに。」
膨れっ面で江上が出したのは、銀行の通帳だった。
「開いてみて。」
(何だ?秀の奴。この女と共通口座でも作ってたのか?)
心の中で呟きつつ、促されるままに通帳を手に取る。だがこの通帳の名義人の名前に、勇は心当たりがなかった。
キノシタ チカコ?