復讐の毒鼓 第20話
「どういう意味ですか?」
泰山高校の校長室。刑事の倉田は、この学校における校内暴力の実態調査に来ていた。しかし当の校長はというと、この問題に関心がないどころか迷惑そうにすらしている。
「言った通りです。刑事さん、考えてもみて下さいよ。」
「倉田です。」
関心がないと目の前の人の名前すら覚えられないものか。再度名乗るまで、視線すら合わせようとしなかった。
「あ…はい、倉田さん。学校は勉学の場です。こんなしょっちゅう来られて、あれこれほじくられたらね、正直迷惑なんですよ。」
「ほじくるって…校内暴力の実態を調べてるだけです。事情聴取も必要ですし。」
「加藤君は退学させます。もううちとは関係ない生徒なので、倉田さんも学校に来るのはこれっきりにしてもらいたいですな。」
生徒はトカゲの尻尾か。校長のこの言葉に、倉田は返す言葉を失った。
署に戻る車は、若手刑事が運転している。助手席の倉田が、窓の外をぼんやりと眺めたまま無言でいるのを不思議に思った若手刑事が声を掛けた。
「先輩、何かあったんですか?」
「ああ…。俺は加藤みたいな奴らをとっ捕まえるのが仕事だが、仮にも教育者のモンが生徒をそう簡単に切り捨てていいのかなって…。」
倉田は先程の校長の言葉が引っかかっていたのだ。問題の表面にいる生徒をいくら切り捨てたところで、根っこが腐ったままでは何の解決にもならない。若手刑事もうんざりした顔で聞く。
「退学ですか?」
「ああ…そうらしい。」
「事情聴取は?」
「もうすぐテスト期間らしい。それが終わったらだ。もう二度と学校に来ないっつー条件付きでな。」
「呑むつもりですか?」
ここで倉田の目がギラリと光った。
「まさか。」
「やっぱりね。」
若手刑事もニヤリと笑う。
「何?剛がやられた!?」
教室では遠藤が"神山"にやられたことを、連れの男が近江に報告していた。
「ああ…手首骨折で今入院してる。」
連れの男は腕組みをし、沈痛な面持ちで答えた。それを聞いた近江の顔が見る見る険しくなっていく。
「ヤロウ…。」
「神山ぁ!」
2年2組の教室のドアが勢い良く開くと同時に、近江の怒号が教室に鳴り響いた。
「え…えっ?何?」
「猿芝居はやめて出てこい。」
パシリらしくしどろもどろに答える"神山"。しかし、その"神山"が遠藤を倒した。その事実が、今の勇の態度が演技であることを近江に悟らせていた。2人の成り行きを緊張した面持ちで見守る内村と南原。
「分かった。」
勇は近江に演技が通じないと判ると素直に応じ、堂々とついて行った。
「おい、あいつら何やってんだ?」
「さぁ…。」
廊下を歩く2人を見た生徒達が口々に呟く。
「おい近江、教育か?謹慎中だぞ。」
勇を連れて歩く近江に声を掛けたのは、親衛隊18位の在木八千流。一応建前で言っただけのようだが、大ごとにはしないことだけを伝えると、近江はさっさとその場を後にした。
「ったく…。」
「どういうつもりだ。ヤルんじゃなかったのか?」
外に出たら早速始めるつもりだった勇にとって、この展開は予想外だった。近江からは殆ど戦意や殺意といったものが感じられない。
「お前こそどういうつもりだ。いい加減大人しくしとけ。1年前のこと、復讐しないと気が済まないか?」
しばし無言で睨み合う。また近江が口を開いた。
「死にたくなかったらこれくらいにしとけ。」
「言葉だけの忠告か?」
「名分のないケンカはしない。会長の許可もないからな。」
(こいつは…ちょっと違うな。)
今までと同じような相手なら、もうとっくに戦い始めているだろう。だが今目の前にいるこの男は、勇の想定ほど簡単な相手ではないようだ。
「最後の警告だ。謹慎期間中を狙ったのは上出来だ。それは認める。だがこれ以上は、いくら謹慎中だろうと見過ごすわけにはいかない。」
「遠藤なんかに負けた野郎がエラそうに。」
「ああ…剛には負けた。だがお前には負けない。」
試しに挑発してみたが、やはり乗ってこない。
「剛の次に俺を狙ってるつもりだろうが、お前に俺は無理だ。一発で終わる。分かったら大人しくしとけ。」
言い終えるとその場を去ろうとする近江。だが勇の方もその程度で引き下がるつもりなら、始めからこんな所に潜り込んだりはしない。
「なあ、任侠ぶってるが、所詮お前も一般生徒パシってるただの不良だろ。不良風情が格好つけるな。」
「何だと?」
近江の顔色が変わる。勇は続けた。
「何言われようがナンバーズは俺が潰す。お前もな。」
「ナンバーズを潰す?バカが。」