復讐の毒鼓 第19話
降りしきる雨の中、対峙する2人。遠藤の目は、彼が手に持つ刃と同じくらい禍々しい光を放っていた。
(近江は番を張る程の男。ぬるくはないだろう。遠藤と親密だと仮定するなら、今ここで徹底的に叩きのめす。ヤツを誘き出すために…。)
「カァッ!」
勇が改めて意思を固めたその時、遠藤は咆哮と共に突進した。躊躇うことなくナイフを突き出す。勇はそれをしっかりと手で止めた。しかし遠藤にとってはこれも想定内。
(コイツはフェイク。狙いはこっちだ!)
ナイフに気を取られた隙をつこうと遠藤が身をかがめたその時。
ボキッ!
少し乾いた音と共に、遠藤の手があり得ない方向に向いた。
「…!」
見ていた3人も声を失う。勇に向かって伸びていたはずの蹴り足は途中で止まり、遠藤は折れた手首を掴まれたまま地面に崩れ落ちた。
「ぐあああ、う…腕が…。」
「剛!」
勇は連れの男の声など気にも留めず、更にパンチを叩き込む。
「大丈夫か!おい!」
「ぐうううう…。」
遠藤は連れの男の声掛けにも答えられずに呻き続ける。
「うっそだろう…?遠藤が神山に?」
目の前で起きたことの一部始終を見ていたにも関わらず、それを信じられないと思うような事が、人生に於いて一体どれ程あるだろう。想像を絶する困惑と得体の知れない恐怖に、南原の顔は見る見る青ざめていった。
勝負はついた。誰の目にも明らかだ。遠藤は折られた手首の痛みで立ち上がることすらできずにいる。だが勇は追撃をやめなかった。倒れている遠藤の腹を無慈悲に蹴り飛ばす。
「やめろ!もう十分だろ!」
「十分?何が?」
完全に戦意喪失している遠藤への追撃に思わず叫んだ連れの男だったが、勇のリアクションに言葉を失った。良心の呵責に身がすくむ。そう、一年前。無抵抗な者への執拗な暴力が、双子の兄の命を奪ったのだ…。
帰宅して雨に濡れた体を拭くと、勇はすぐさま部屋の壁に情報を書き出す。
遠藤剛:俊敏で派手な動き 負傷率高し
近江は遠藤の負傷を恐れ敗けを選択 それだけ親しい関係の可能性有り
以上のことから近江を選んだ早乙女は喧嘩をよく知る男と推察
早乙女零:危険人物の可能性
今日の遠藤の敗北により、近江清十郎は必ず動く。それまで内村と南原は待機。近江が動けば他の親衛隊も引きずり出せる。事は大きくなるが、"謹慎期間"を利用。早乙女にバレないよう、各自秘密裏に動くだろう。この3週間に崩れ始めるナンバーズのシステム。それに早乙女が気付いたその時がーー
ご対面だ
「警察の奴、しょっちゅう来てるな。」
「ここんとこ学校周辺は2時間おきにパトロールしてるよ。」
学校の敷地に停まっているパトカーを教室の窓から覗きながら右山・佐川が口々に話す。
「メンバーにもう一度注意を呼びかけて下さい。目立つ行動は一切禁止だと。」
用意周到である。そんな早乙女が一つ、気にしている事があった。
「そういえば加藤からの報告がありませんね。」
「葬式には行かなかったそうだ。学校にも来てない。」
「そうですか。おかしいですね。ちょっと調べますか…。」