復讐の毒鼓 第34話
「どうしてお前が…?」
思いもかけぬ"神山"の登場に列は、寝起きの顔に水をかけられたような顔になる。まさか陣内が"神山"に負けるなど、微塵も想定していなかったからだ。他の者も同じ想いだった。一同の視線が勇に釘付けになる。
「わざわざ…説明が必要か?」
言いながら突進する勇を見て、手下達も即座に臨戦体勢に入る。先頭の男が放ったパンチを避けて手首を掴むと、勇はそのまま相手の肘関節を壊した。その後ろから襲ってきた男の首を平拳で打つ。更にその後ろから襲ってくる男のパンチを、喉を叩いた男の頭で受ける。想定を超える硬さのものを殴った痛みで手を抑えて悶絶する男のガラ空きの顔面にパンチを叩き込むと、その男は見事に宙を舞った。一瞬で3人を潰した勇の鮮やか過ぎる手際に茫然としていた残り2人は、阿修羅の如き勇のパンチの前に成す術なく倒れた。
「クソッ、コイツ…!」
瞬く間に手下を全員失って狼狽する列の肩を近江が叩いた。
「とりあえず土下座しな。」
「テメェ…とち狂ったか…?」
先程近江に言った言葉をそっくりそのまま返されて怒りを露わにする列だったが、言葉を発した瞬間顔面に2発のパンチを浴びた。
「それがお前の返事か!?」
近江はそう言うと、ありったけの力を込めた右拳を列の顔に叩きつけた。パンチの勢いで吹っ飛んだ列はそのまま壁に背を打ちつけると、ズルズルとその場にへたり込んで気を失った。
列を倒して向き直る近江の視線の先には勇が立っている。邪魔者が片付き、ようやく約束のメンツが揃った。
「次はお前か?」
「いいや、やめとくよ。実力は十分にわかったよ。」
勇の実力を直接確かめるための約束だったが、思いもよらぬ形でその圧倒的な実力を目の当たりにしたため、近江は勇と拳を交えることを避けた。2人のやりとりを見て、大量の鼻血を垂れ流しながら座り込んでいる内村と南原の顔にも安堵の色が浮かぶ。
「大丈夫か?」
「いてぇよ。」
「病院行こう。」
互いを支え合いながらようやく立ち上がった2人を近江が心配する。
「でもこんな大ごとになってヤバくねーか?知ってる人がどんどん増えてるし、バレるんじゃ…。」
「それはない。」
帰る道すがら、南原がふと口にした懸念に勇が即座に答える。
「今はなおさら言えないはずだ。今早乙女の耳に入ったらどうなると思う?」
「あ…。」
「早乙女は自分の知らないところでこんな大ごとになってると知ったら許せるはずがない。他の連中も同じだ。事態が深刻になればなるほど、自分達だけで解決しようとするはずだ。これが独裁者がいる組織の弱点だ。」
「とにかく続きは来週にしようぜ。体中痛くてなにも出来ねぇよ。」
勇の説明が終わって内村がそう言うと、南原が訝しげな顔をして急に振り向いた。
「なんだよ?」
「お前なんかいたっていなくたって一緒だよ!」
「お前よりマシだかんな。」
2人は憎まれ口を叩き合いながら、勇達について焼却炉を後にした。
日曜日。仁は、愛のアルバイト先である『MASUDA CHICKEN』にバイクを走らせた。
「愛!日曜だぜ!」
仁が大声で呼ぶと、すぐに愛が外へ出てきた。
「とうとうこの日が来たなー。」
「ああ。」
愛は短く返事をすると、仁の駆るバイクのタンデムシートに跨った。
「よし…行くぜ!」
決戦の場へ向けて、仁はスロットル全開で駆けていった。