復讐の毒鼓 第33話
刺された傷口から広がる痛みと悪寒が、全身から力を奪う。内村は傷口を手で抑えると、力無くガックリと膝を落として座り込んだ。
「ザコが調子に乗ってんじゃねぇよ。」
内村を刺した男が歪みきった顔で吐き捨てる。堪忍袋の緒が切れた近江が呼び掛けると、男は近江の鼻先へナイフを振るった。
「なに?何か用?」
近江の鼻先を掠めたバタフライナイフを弄びながら言う男の顔は悪びれる様子もないどころか、もはや良心のカケラすら見当たらなかった。
「俺の前で刃物は許さん。」
「ハァ!?」
「で、どうしてくれるんだい?」
内村を刺した男に啖呵を切ってみせた近江だった。だが後ろから聞こえた声に振り返ると、列が南原の首を絞めながら立っていた。
(起きたか…くそ。)
「見事な一発だった。結構こたえたぜ。だが所詮はラッキーパンチ。」
「人質か。姑息な。」
「ザコから狙うのが鉄則だろ?来てみろよ。こいつの首がどうなるか拝ませてやるぜ。」
そう言いながら絞める腕に力を込めると、南原が呻く。
「卑劣なマネはよせ。」
「まだ呑気なこと言ってやがるぜ。」
「ううぅ…た…助けて…死…。」
南原は苦しさのあまり、やっとの思いで出た声で必死に助けを求めた。
「だってよ。どうする?」
「やめろ!何が望みだ。」
「まずは土下座だな。」
下劣な男への土下座を、近江のプライドが躊躇わせる。苦悶の表情を浮かべる近江を見て取り、列は南原の首を絞める腕に更に力を込めた。
「別にやらなくてもいいんだぜ?」
その様子に観念した近江が地面に膝をつくと、早速男達の暴行が始まった。
「ああ…。」
内村はその様子を、言葉にならない弱々しい声を上げながら見つめるより他ない無力感に全身を焦がされていた。ほどなくして、列が男達の1人に指示を出した。
「おい、陣内呼べ。あっちも終わったはずだ。」
公園の地面に横たわる陣内のかたわらで、勇のは山田を問い詰める。最後まで内村達の居場所を言わなかった陣内は、気絶するまで勇に殴られ続けた。結局彼は口を割らなかったのではなく、知らなかったのだ。
「お…俺は知らねぇんだ。陣内に言われた通りにやっただけだよ。」
ピロロロ…ピロロロ…。
山田が必死に弁解していると、倒れている陣内のポケットの中の携帯が鳴った。
「山田か?焼却炉に来いって陣内に伝えてくれ。」
列の手下が電話の向こうの男に言伝をする。
「ああ。陣内の奴、止まらなくなったんじゃね?」
陣内の携帯に山田が出たことを、誰も警戒しなかった。
(神山がやられた…?)
(ここまでか。これ以上抵抗しても意味はない。)
内村と近江は列達の電話の感じから自分達の負けを悟った。この後自分達に対して行われるリンチを回避する術は、無い。
「さてと…陣内が来るまでもうちょっとかましてやりますか。」
列はそう言いながら南原を一旦離すと、南原はそのまま崩れ落ちて荒い呼吸をした。しかしようやく息ができると思ったのも束の間、安堵は長く続かなかった。
ドッ!
列は跪く南原の顔を蹴飛ばすと、倒れた彼を更に蹴りまくった。
「たのむ…もう…やめ…。」
泣きながら命乞いをする。すると列は今度、近江の方を見た。膝をつき、ガックリとうなだれている。
「ならお次は——テメェだ近江。」
バキィッ!
助走をつけた蹴りを顔に喰らい、吹っ飛ぶ。列は倒れた近江の顔を踏みつけた。
「神山と何企んでたんだ?」
「そんなんじゃない。」
近江はあくまで否定する。しかしその程度で止まる列ではない。
「確かに、ザコがいくら徒党を組もうが結果は見えてる。おい、陣内が来るまで楽しもうぜ。」
列が手下達にそう言うと、6人は思い思いに近江達に暴行を加えた。無抵抗な者への暴力が加速する。
「ファイト一発!」
列が近江の胸倉を掴み、面白半分の下らないセリフを吐きながら拳を振りかぶったその時。列の目の前スレスレを小石が掠めて飛んでいった。
「誰だぁ!?」
「俺だ。」
列の言葉に静かに答えたその男は、信じ難いことに"神山"だった。