復讐の毒鼓 第18話
「うまいことかわしたじゃねぇか。」
勇はガードの隙間から滑り込んできたあの蹴りを、後ろに下がって躱していた。
「躱した?喰らってよろけただろ?」
「ダメージを受け流したんだ。」
南原の質問に連れの男が答える。
「それでもどっちみち遠藤が有利だろ?」
「当たり前だ。」
そんな外野のやりとりをよそに、早速勇の分析が始まっていた。
(内村と南原が直線的ならば、こいつは変則的なスタイル…。)
「おら、もういっちょ!」
勇の分析など知る由もない遠藤は、どんどん攻めていく。連続した蹴りからのパンチ。時折腹も狙い、上下に打ち分ける。しかし勇はこれら全てを捌きながら、更に分析を進めていった。
(余計なフェイントが多い。見た目は派手だが、実力者には通じないレベル。こいつが近江に勝ったのに親衛隊になれなかったのは、早乙女も俺と同じことに気付いたということ。つまり、早乙女は勝負を見る目も経験も、そして頭脳もある。近江を選んだ早乙女の判断は妥当だろう。それでも近江が負けたのは…。)
「テメェこの野郎…。ちょろちょろと逃げ回りやがって。」
攻撃をことごとく躱された上に何の反撃もしてこない"神山"に、遠藤の苛立ちがつのる。咆哮と共に遠藤の攻めは更に激しさを増していった。
(動きが派手で怪我しやすいコイツを庇うため。つまり近江清十郎は遠藤と親しいか、ぬるいだけの男。いずれにしろここで遠藤を倒せば、ヤツを引きずり出せる。)
分析をしながら顔への蹴りを腕でガードする。
(分析完了。)
と同時に今ガードで止めた蹴り足を掴むと、勇は遠藤を軽々と投げ飛ばした。
「ってめぇ!」
今まで散々攻撃を躱され続けた上に突然の反撃。遠藤の怒りは一気に加速していった。
「お前の動きは派手。それだけだ。」
泰然自若として言い放つ。勇は尚も続けた。
「今から力の差ってやつを教えてやる。」
「なめやがって…!」
勇の落ち着き払った物言いに激昂した遠藤は、すぐさま飛びかかった。落下の勢いが乗った蹴りが当たるか、というところで勇が逆立ちのような格好になる。そこから放たれた蹴りが遠藤の顔面を見事に捉えた。
「な…っ。」
「あれは…。」
外野の目の色が変わる。見る側にとって不利な方向に戦局が傾くきっかけとして今勇が放った技は、まぎれもなく遠藤のものだった。
「ぐっ…くそぉっ。」
呻く遠藤。堪らず連れの男が駆け寄る。
「大丈夫か?」
「寄るな!」
「なぜ俺じゃないんですか?」
親衛隊の選抜が終わった後、遠藤は早乙女の元へ向かっていた。どうしても納得できなかった。
「抗議ですか?」
「いや…そんなんじゃ…。」
早乙女は遠藤が来た理由が抗議であるかどうかなど、まるで意に介していない様子で淡々と答えた。
「遠藤君は実戦向けじゃありません。パフォーマンスが派手な、ただの子供騙しです。」
(子供騙しだと!?ふざけんじゃねぇ!)
今しがた放った勇の一撃が、遠藤の頭の中に忌々しい記憶を蘇らせる。それは、彼の怒りが沸点を越えるのに十分過ぎるものだった。
「認めるぜ。この1年かなり鍛えたようだな。だが後悔するぜ。ぶち切れちまった。」
そう言いながら遠藤が手にしたものがギラリと禍々しく光った。ナイフだ。
「殺してやる。」
言いながら構える。外野の3人の表情が強張る。そんな中、ただ1人顔色を微塵も変えない男の溜め息が聞こえた。
「はぁ…。ただの不良だな。」