復讐の毒鼓 第50話
勇のパンチをこめかみに喰らった男は、白目を剥いて崩れ落ちる。
「どっか一ヶ所でもいいから当てるんだ!」
「あたりめぇだ!」
5対1だったのが、既に戦力は半分以下の2人のみ。男たちは必死に喰らいついた。勇の両側面から同時に攻める。
(ザコ共…。)
対する勇は余裕を持って迎撃態勢に入っていた。左側の男が蹴りのモーションに入ると同時にその軸足を左足で刈る。そしてその左足をそのまま右側面に向かって振ると、そちらから殴りかかったもう1人の男の腹に深々と突き刺さった。
「クソッ!」
足を刈られた男がすぐ立ち上がり、殴りかかる。しかし勇の速すぎるパンチに全く反応できず、そのパンチを顎先に喰らう。男はなんとか倒れはしなかったものの、足元が酷くフラついていた。
戦いが始まる前の威勢など、見る影もない。最後に残ったこの男も一応手を上げて構えのような格好を取ってはいるが、既に戦意は萎え、もはや抵抗する力も残ってはいなかった。
(指一本触れられなかった。コイツ…マジで神山秀か?)
ドガァッ!
男は続く勇の攻撃に、成すすべなく沈んだ。
その日の夕方、勇達の喧嘩の結果はすぐに早乙女に報告された。
「驚きですね。5人いても1つも怪我を負わせないとは。とにかく近江の弱点が遠藤ということは分かりましたね。」
「あぁ。オメーの言う通り、遠藤をエサにしたらマジでチョロかったぜ。なのになんでわざわざ物事を複雑に進めんだよ。」
「その話はまた今度。とりあえずお疲れ様でした。」
労をねぎらう早乙女の視線の先には五十嵐が立っていた。
「俺が聞いた話はこれが全部だ。」
近江は喧嘩が終わった後、公園で今回の事の経緯を勇に話していた。
「これからこういうことがあった時は、俺に殴られておけ。悩む事はない。」
「ハァ…。これからどうするんだ。」
近江は自分を取り巻く今の環境や、この"反乱"の極めて厳しい現状を憂えてガックリと肩を落とす。だが一方の勇は、そんな近江をよそに楽観的に捉えていた。
「かえって好都合だ。」
「どういうことだ?」
「これで早乙女はお前がまた味方に戻ってきたと思うだろう。ただ俺に脅されて仕方なかっただけだと。」
「それで?」
「お前もケガしたフリをして早乙女の関心から外れろ。また必要な時に合流すればいい。それからお前の弱点が遠藤剛だということも早乙女は把握しただろう。遠藤をよく見張っておけ。」
「お前は俺を信じるのか?」
心の拠り所がないとは、これほど不安なものか。近江は他人にこんな質問をしなければならない自分を情けなく思った。
「いや、信じない。お前は遠藤になにかあったらいつでも寝返ると思ってる。」
「ふっ。」
思いの外冷たい答えに、近江は思わず笑ってしまった。
「まぁでも単純でいい。それだけ考えておけばいいからな。」
「会長はもう全て知ってる。どうするつもりだ?」
「とりあえず俺の思い通り動くんだろ?俺にとってもありがたい。」
近江はそれが罠だと再度勇に忠告したが、勇の見方は違っていた。
「罠というよりは警察が学校に出入りしてる間は大げさな動きはしないようにしているだけだ。あ、それから早乙女に報告するときは、俺がだいぶ怪我してると伝えてくれ。少しは喜ばせてやらないとな。」
「神山がそんなにつえぇーのに、下のヤツらで大丈夫なのか?」
五十嵐は引き続き、早乙女の胸中を聞こうとしていた。
「君くらいのレベルじゃないとダメそうですか?」
「…去年みたいに神山呼び出して皆でボコればよくね?警察の目に入らねぇようにしてさ。」
思考の単純な五十嵐には、早乙女の作戦を含めた考え方がよく分かっていなかった。だがあくまで早乙女の姿勢がブレることはない。
「君の知らない事情もあるんですよ。」
「ったく…。」
「とにかく今は近江の信頼を得て、私を裏切ろうとけしかけるのです。」
「面白そーだけど近江はもうこっち側だろ?そこまでする意味あんのか?」
「遠藤が理由で手のひらを返したなら、また同じ理由で手のひらを返します。そんな奴はこっちから願い下げです。近江には希望を与えてください。君という味方がいて、私を倒せるという淡い希望をね。」
これを聞いて、五十嵐が歪んだ笑顔を浮かべる。
「本当…むごい奴だな…。ククッ。」
「希望が大きければ大きいほど、踏みにじる楽しさが増します。それに君が神山につけば、本気で奴の味方になる連中も出てくるでしょう。これを機に不穏分子を炙り出して内部結束を高めます。」
五十嵐は、始めから近江の味方などではなかった。状況によっては自分を慕う後輩すら平気で陥れる男だったのだ。早乙女はさらに続けた。
「それから、謹慎期間が終わった瞬間神山を潰します。」