復讐の毒鼓 第49話
(俺たちに太刀打ちできる相手じゃない…。)
3人は皆川の不意打ちを難なく叩き潰した勇の強さに、ただ驚愕していた。
(あのザコが1年の間にまるで怪物だ…。ありえるのか…。)
(勝てる喧嘩じゃねぇ。これは…。)
抗いようのない絶望感が、3人の体にまとわりつく。皆川を倒し終えた勇がゆっくりと向き直ると、まさに蛇に睨まれた蛙のような状態になった。
「つまり早乙女零って学生が学校を完全に支配してるってことですね?」
「はい。」
倉田は勇から渡された例の通帳を検事の水谷に提出し、事の経緯を説明していた。この水谷という検事はかなり美人な女性なのだが、検事という職業の性なのか言葉の端々に角がある。
「とは言え、所詮はただの不良ごっこでしょう。」
「えぇ、そうですけど。」
「この通帳は不良達が生徒からカツアゲで巻き上げたお金を、管理して自分たちで配分してるっていう「証拠品」てことですか。そしてそのリーダーは早乙女っていう生徒で。」
「えぇ。去年校内暴力で亡くなった、神山秀の双子の弟が所持してました。」
「でもこういった未成年の事件の立件は難しいの、ご存知でしょう。男子高校生7人で女の子1人を6ヶ月間輪姦しても、いざ裁判になると無罪かちょっとした性的暴行かで争ってる国ですよ。この口座のお金が本当に学生達を脅迫して奪って集めたというのを立証できないと、令状は出ません。」
倉田にしてもそんな現実は百も承知である。だが1年前にはその足掛かりすら掴めなかった泰山高校の校内暴力の証拠の"一部"を手に入れたことで、去年味わった屈辱の借りを返したい一心だった。
「それは分かってるんですけど、もしかしたらと思って。」
「とりあえず要請はしてみます。あまり期待はしないで下さい。容疑を立証できる証人も用意して下さい。それから、このお金は全て「カツアゲ」されたものという証拠も。」
「分かりました。」
一言だけ返事をして倉田が検察室を後にすると、水谷は通帳を見つめながら考え始めた。
(1年前に神山秀が死んだ。でも死亡届は出ていない。そして双子の弟がいる。1年間この通帳を隠し持っていたが、刑事が家に来た今になって渡した。どういうこと…?)
勇を取り囲む3人にプレッシャーが重くのしかかる。何とか一太刀浴びせたい。だが少しでも気を抜けば、一瞬でやられる。その重圧から、三人は中々攻め入ることが出来ずにいた。
(動きが変わった。)
一方の勇も、そんな3人の様子に少し警戒感を強めていた。そんな中、男の1人が何かを見つけたようにおもむろに視線を外す。
「やっと来たな。」
「近江!油断すんな。コイツマジでつえーぞ。」
(この雰囲気は…。)
居ても立ってもいられず結局現場に来てしまった近江に男達はなりふり構わず助太刀を求めると、勇も3人と近江の間に起きている大体のことを察した。
(清ちゃん、うちの剛がまたバカなことしないように、いつも見守ってくれてありがとねぇ。)
この場に現れてなお遠藤の母親の言葉を思い出し、思い詰めた顔で俯く近江の姿が勇の推測を裏付ける。
(なるほどな…。そういうことなら。)
一方近江は迷いに迷った挙句、勇の味方として戦う決意を固めつつあった。
(計画通り3対2でやってみるか。いける。)
腹を括って前を向いた瞬間近江の視界に飛び込んできたのは、疾風の如き速さで近江の目の前に突進してきた勇の姿だった。泡を食う近江の腹にパンチを叩き込む。
「おい…俺は…。」
悶絶しながらも味方であると抗議する近江に、勇は耳元で囁いた。
「シッ!話は後で。楽に寝てろ。」
「な…?」
「俺を裏切ろうとしたけど負けたってことにすればいいだろ?」
近江がこの説明を理解したと同時に、勇は近江の首根っこを掴むと腹を殴りまくる。勇のこの行動に、3人の焦燥感は臨界点を超えた。
「コイツ!本気だ!!」
冷や汗にまみれた蒼い顔で、3人は同時に勇に向かって走り出した。
「休んでろ。」
力無く崩れ落ちる近江にそう言うと、勇は向かってくる3人の方へ向き直った。1人の飛び蹴りが顔に飛んでくる。が、軽く躱すと同時に蹴り脚を掬ってひっくり返す。もう1人が勇の顔を狙って放ったパンチを勇が避けると、男達は勇の姿を見失った。
「どこ行った!」
バキィッ!!
男が叫んだ瞬間、勇の強烈なパンチが男のこめかみで弾けた。