復讐の毒鼓 第45話
文芸部の部室に集まった親衛隊メンバー全員に向けて早乙女は話し始めた。
「皆さんよく聞いて下さい。神山は加藤が警察から受けている事情聴取の間を狙って動き出してます。親衛隊の下位はやられて、さらに近江は裏切りました。頭がキレることは間違いないでしょう。わざわざ謹慎期間を狙って親衛隊を攻め、もう15位までを倒した。それも全員の骨を狙ってます。」
「オレはまだ大丈夫です。」
既に戦線離脱と見なしていた皆川が、不意に早乙女の話を遮る。
「大丈夫ですって?」
「殴られるのにも技術がいるんスよ。最初は骨やられたって思ったけど、自分は無事でしたから。」
「わかりました。様子を見てみましょう。」
早乙女は穏和な表情で皆川にそう言うと、向き直って話を続けた。
「ここ最近、毎日のようにパトカーが学校周辺をうろついています。こんな雰囲気で去年のようなことを絶対に起こしてはいけません。よって!」
語気を強めた早乙女の次の言葉に全員が顔色を変えた。
「神山の思惑通りに動いてやりましょう。」
「しかし納得いかねぇな。神山はそんなに強いのか?」
早速佐川が口を挟む。だが早乙女の返事は極めて合理的だった。
「いくら考えたどころでムダです。皆川が嘘をついているとも考えづらいですし。」
「でも、ってことは…全員やられろってことだろ…?」
右山への答えも兼ねて、早乙女はざっくりとした今後の展開を話し始める。
「負けて下さい。しかしタダでは負けないように。」
「どーゆーことだ?」
「勝つ必要はない。ただ少しずつ弱らせて下さい。指先に小さな傷を作るとか、なんでもいい。小さな傷が結局は身を滅ぼします。その時…。」
続く言葉を発する早乙女の顔は、もはやこの世のものとは思えないほど歪みきった悪魔のような表情を浮かべていた。
「徹底的にぶっ潰す!」
続いて会計の木下にも指示を出す。
「木下さんは親衛隊の報酬を3万ずつ増やして下さい。」
「わ…わかった。」
ここに一つ残った疑問を右山が口にした。
「近江はどうするつもりだ?」
「それは今から考えます。とりあえず放っておきましょう。」
親衛隊5位の五十嵐切男は、そんな様子を浮かない顔で眺めていた。
ピンポーン
倉田が呼び鈴を鳴らしたのは勇の家だった。
「どなたですか。」
在宅だった勇は出ようとしたがドアの向こうの男が警察を名乗ったため、にわかに緊張が走る。
「神山勇。」
ドアを開けようとドアノブに手を掛けたところで倉田が口にした名前を聞いて、勇は一瞬動きを止めた。
「そんな驚くこたぁないだろ。少し調べりゃ全部分かることを。」
「令状はあるんですか。」
ドアを開けると開口一番で警戒心を露わにする。双子の兄とは違ってこんな事にも慣れている勇には、思い当たる節があり過ぎた。特に最近は。だが警察を名乗る目の前のこの男には、人を逮捕する時の緊張感がなかった。
「入るぞー。ガキがこましゃくれやがって。オレ1人で入るから勘弁してくれよな。」
(壁さえ見られなければ…。)
勇はくだけたオーラを出しながらズカズカと入ってきた倉田を、険しい目つきで追っていた。
「あー、コレな。おもしれーよな。」
そう言う倉田の視線の先には勇がリビングに飾った漫画『総帥』のポスターがあった。昨年の誕生日に秀がプレゼントしてくれたものだった。警察というのはこういう何気ないものから会話の糸口を引っ張ってくるのだろう。
「続編はこんな面白くねーだろーな、きっと。小説版はいつ出るって?」
「さぁ、本屋にでも聞いて下さい。」
まだポスターを眺めている倉田の質問にそっけなく答える。だが倉田の粘りはまだまだこれからだ。
「まぁお前もなかなかなケンカの実力だもんな?中3の時高校生を30人倒して退学…と。まぁ中学は義務教育だから退学ってのはちげーか。学校側もひでぇよな。実質退学なのに。」
「なにか飲みますか。」
粘る倉田に冷蔵庫の中を覗き込みながら缶コーヒーを差し出す。倉田は案外素直に受け取った。
「神山秀の死亡届がまだ出てないみたいだったが?」
「まだ…死んだことを受け止めきれなくて。」
「罰金もたけぇぞ?とっととやっちまいな。オレがやっといてやろうか?」
今日、警察がわざわざ家に来たのはこんな話をするためではないだろう。まわりくどい倉田に勇が単刀直入に訊いた。
「なんの用で来られたんですか?」
「監視カメラに泰山高の制服を着てるお前が映ってた。お前、秀のコスプレでもしてんのか。」
「…。」
「内村と南原も早いとこシメとかなくていーのか?アイツらも神山に寝返ったっぽいぞ。」
右山の進言にも早乙女は冷静だ。
「今捕まえてもバレるでしょう。思う存分野放しにさせておきましょう。あんなザコのことを考えるのは時間のムダです。放っておいて下さい。時が来たら潰せばいいだけのことです。」