復讐の毒鼓 第29話
「近江を止めろだぁ?なにそれ?」
電話の向こうからの出し抜けな頼みに、陣内は思わず聞き返す。
『在木が絡んでるんだ。詳しくは後で話すから、とりあえず明日清十郎を止めてくれ。』
「まあ、考えてみるわ。」
そう言って電話を切ると、早々に独りで文句を垂れ始める。
「何だこいつ。16位の俺に一丁前に命令かよ。…?てかあのバカと近江がどうしたのかな?」
同じ頃病院では手元の台に携帯を置きながら、遠藤が自分に言い聞かせるように心の中で呟いていた。
(これでいい。清十郎が負けたら神山側につくだろう。だがそうなりゃ清十郎も狙われる。親衛隊20位には土台無理な話なんだよ。余計なお世話だろうが、てめぇのためだ。大人しくしてやがれ、清十郎。)
「近江からメッセージ。」
翌日、内村は近江からの連絡内容を早速勇に伝える。
「在木とヤった公園で6時、1人で来い。」
「1人で?」
勇が念を押すように訊くと、南原も尋ねる。
「俺らも来るなってこと?」
「だろうな。」
(策を弄する男ではない。1人でいい。)
勇は即座にそう判断すると、2人に指示を出して教室を後にした。
「お前らはゲーセンで時間潰してろ。9時まで連絡なかったら公園に来い。」
「わかった。」
2年11組の教室では、近江の携帯を操作する陣内の姿があった。
「用は済んだか?携帯返せよ。」
「ああ、でもちょいとゲームやってたら電池切れちまった。」
「電話一本かけるだけのはずだろ。人の携帯でなにやってんだ。」
至極当然な近江の苦言にも、陣内は相変わらずヘラヘラ笑ったままだ。
「へへっ、わりぃわりぃ。」
携帯を受け取った近江が教室を去ると、陣内は不気味な笑みを浮かべていた。
「神山が1人で行っただと?」
近江が勇を呼び出しに教室へ行くと、勇はもう出発した後だった。ゲーセンで待機のため、教室でのんびりしていた内村に聞くと、不可解な答えが返ってきた。
「…?1人で来いって言ったのはお前の方だろ?」
近江はにわかに不穏な胸騒ぎを覚えた。すぐに話し合う。
「陣内の奴が勘付いたか?」
「陣内?11組の番長か。」
「ああ。俺の携帯貸したら電池切らしやがった。」
「神山携帯持ってねぇんだけど、どうする?」
近江と南原が話していると、内村が携帯の画面を見せてきた。
「ほら、お前にもらったメッセージだ。」
「神山。」
「…?」
指定された公園に向かって歩く勇に、後ろから黒いタンクトップを着た山田が不意に声を掛けた。
「場所変更だ。ついて来い。」
言われるままについていく勇だが、この展開に違和感を感じていた。
(おかしい。近江らしくない。)
「"在木とヤった公園で6時、1人で来い"?一昨日の公園だろう?早く行こう。」
「ちょっと!」
嫌な予感に浮き足立つ南原を、内村が一旦制止した。
「怪しくねぇか?陣内は成績は良くないが、頭はいい奴だ。」
「…!?」
今起こっている事態を把握しかねている近江を、不安を貼り付けたような顔で見ながら内村が恐る恐る口を開く。
「もしだけど…。わざと履歴を残したとしたら?」
「俺に読ませるために?」
「本当かも知れねぇだろう?」
「だから確かめてみようってことさ。何か知ってて動いてんなら、誰にどこまで聞いたのか…。」
「在木?前園?」
近江が訊くと、内村は携帯を操作しながら答えた。
「その可能性は高い。まず在木から確かめてみよう。」
(おかしい。在木は謹慎が終わるまで動かないと言っていた。)
近江の胸のざわつきが大きくなっていく中、内村が在木と話し始めた。
「あ…内村だけど、お前陣内となんか話した?…あ…マジで?」
「何だ?」
堪りかねた南原の質問に内村が答える。
「会ってもないし電話もしてないって…。」
(俺は剛にしか言ってない…まさか剛が?)
近江の頬に冷や汗が伝った。
石畳と呼ぶにはあまりに雑でまばらな石が埋まった道を、山田は歩いていく。
「どこまで行くんだ。」
訊いた途端に先が開ける。すると、その先には見知らぬ男がタバコをふかしながら立っていた。咥えタバコで不敵な笑みを浮かべながら、陣内が言う。
「おお、来たか。」