復讐の毒鼓 第30話
「誰だお前。」
近江とは似ても似つかないその男に勇は問うた。陣内は(秀ではないため当然ながら)自分のことなどまるで覚えていない様子の"神山"に言う。
「おいおい、俺に一番ボコられといて忘れちまったのかい?腹蹴り一発で血ぃ吐いてたじゃんか。」
1年前、雨の中集団リンチを受けて倒れた秀を、追い討ちをかけるように蹴ったのが陣内だったのだ。
「あのとき俺に蹴られて気ぃ失ったの忘れたの?それともフリ?まぁ忘れたくもなるだろうけどさ。」
「そんなことはどうでもいい。なぜ近江じゃなくお前が来てるのかと聞いている。」
毅然とした態度で問う勇を、陣内は嘲い始めた。
「ぷっ、何?不良気取りですか、先輩?近江はどうせ親衛隊のビリなんだし、時間の無駄じゃん?だから——、お前の教育はこの俺がヤルよ。遠藤、在木、前園までやられたらしいな。」
「近江に会うことは誰から聞いた。」
「遠藤さ。で、何があったのか気になってコイツに聞いてみたってワケ。」
陣内はそう言いながら隣にいる山田を指さす。勇はここまでの話から、今ここに陣内がいることは近江が仕組んだワナではないと判断していた。
「近江を止めてくれってさ。つまりお前を始末しろってことじゃん。」
「分かった。来い。」
すぐさま臨戦態勢に入った勇だが、陣内はすぐに始めようとはしなかった。
「ククク、まずは穏便に話そうぜ。おおごとにはしたくねぇからよ。どうやら謹慎中に1人ずつ倒して復讐するつもりだろうけど…。謹慎が終わったらどうするんだい?」
「今まで皆病院送りにした。動けるまで2〜3週間はかかる。謹慎中の3週間以内に終わらせる。」
勇はうっかり口を滑らせた。"謹慎"については、内村からコッソリ聞いた情報だったのだ。つまり勇は、自分の側にナンバーズから寝返った者がいる事を知らせてしまったことになる。
「へぇ〜。謹慎3週間ってどこから聞いたんだい?コウモリ野郎はだれなのかな。」
「…!」
勇の顔がにわかに強張るのを陣内は見逃さなかった。疑惑が確信に変わる。陣内は電話をかけた。
「そいつらからまずお仕置きしないとね。誰かなんてもう分かってるから。…列、ヤれ。」
「とりあえず行ってみるか。」
近江が教室のドアを開けると、その向こうには親衛隊17位の列七雄が立っていた。近江は驚きに思わず目を見開く。
「列!」
「しっ!感謝しな。お前こいつらのワナにハマるとこだったんだ。」
列は口の前に人差し指を立てると静かに言う。内村は血の気がザァッと引く音が聞こえたような錯覚に陥った。
「ど…どういうことだ?」
「黙ってついて来た方が身のためだぜ。」
「お…俺らは何も…。」
南原の表情も引きつる。列はドアの枠の上の部分を掴んでぶら下がると、内村と南原を一遍に蹴り飛ばした。
「焼却炉でゆっくり話そうぜ。」
「おい、何か勘違いしてるんじゃ…。」
「勘違いだぁ!?遠藤や在木、前園がやられたとき、こいつらはその場にいたんだぜ?」
突然暴れ出す列を見かねて近江が制止するも、列は聞く耳を持たなかった。
「3人とも"神山"にやられるタマじゃねぇだろ。こいつらが仕掛けたんだ。今日はお前の番だったんだよ。」
そこまで言うと列は、まだ立ち上がっていない内村達の方へ向き直って言った。
「覚悟しな。全部吐いてもらうぜ?」
「謹慎中だろ?」
「ああ、だがコウモリ共を野放しにしとけねぇだろ。」
(どうする…!ここでコイツらを庇ったら俺まで…。)
あくまで言葉を聞き入れる気がない列を前に、近江は厳しい選択を迫られていた。
「ククク、ビビってやがる。頼りの奴らは列に殺されるだろうよ。だから1人で来いっつったワケ!内村もいない!南原もいない!もう助けてくれる奴はいねぇぞ?」
陣内の声がどんどん奇声に似た大声になっていく。それとは対称的に、勇は静かに問う。
「あいつら、そんなに強かったのか。」
「弱いね。でもお前ら3人がかりならどうにかなるんじゃない?在木と前園にはなんかワナでも仕掛けたんでしょ。」
事実とあまりにかけ離れた推測に勇が思わず黙っていると、陣内はさらに調子づく。
「図星かい?まぁ心配すんな。すぐ終わるからよ。」
吸っていたタバコを吐き捨てると、勇の顔面に左拳でパンチを放った。紙一重で避ける勇。しかしすぐさま陣内の右手が勇の襟を掴むとそのまま投げつけた。
「ほら、どってことねぇじゃん。」
見下す陣内を、勇は黙って睨みつけた。