復讐の毒鼓 第24話
遠藤が静養しているベッドのある病室のドアが開き、1人の男が現れた。
「清十郎…。」
「どうだ?」
容態を気にして近江が声を掛けたが、遠藤は"神山"の件での近江の行動を快く思っていなかった。遠藤は容態を答える代わりにそっぽを向きながら吐き捨てた。
「山田の頼み、断ったんだってな。」
山田とは、あの日遠藤が連れていた男だ。
「神山潰しか。謹慎中だしな。」
「はっ、謹慎?笑わせんな。いつから会長の犬になった!」
遠藤は思わず満身創痍の体をもたげながら言葉を叩きつけた。2人の間を沈黙が横たわる。程なくして近江が口を開いた。
「ああ、そうだな。正直気乗りしなかった。考えてみりゃ可哀想な奴だろ?アイツ。」
そう言いながら通帳を差し出す。
「んだそれ?」
「親衛隊の手当て用の通帳だ。中にハンコと暗証番号もある。一度も手をつけてない。」
「何で俺に?」
「治療費に使え。」
それを聞いた途端、遠藤の表情が急に険しくなる。
「おい、そりゃ同情か?なめんな。」
「同情じゃない。巻き上げたカネを、俺は受け取りたくない。お前も知ってるはずだ。」
「かっこつけやがって。」
「いずれ皆に返そうと貯めといたんだが、お前にやる。」
「今返しゃいいだろ。」
至極最もな意見を言う。
「会長に殺されるのはゴメンだからな。」
近江はバツが悪そうに笑って答える。遠藤は何も言わなかった。
「じゃあな。しっかり治せよ。」
「清十郎!」
病室を去ろうとする近江を、遠藤が不意に呼び止めた。
「どうせ神山はヤられる。」
「どういうことだ?」
「お前の代わりに在木が動いた。謹慎破ってな。」
「在木!?あの鬼畜が?」
「ぷははっ。じゃあ俺らはどうなるんですかねぇ?」
勇の"救えない"発言に対し、在木は吸っていたタバコを地面に吐き捨てながらなじる。勇はそんな在木を、流れる血もそのままに黙って睨みつけていた。
「睨んでばかりじゃわかりません———よっ!」
言いながら振りかぶると、在木は勇の頭へ向けてバットを全力で振った。
ガキッ!
固い物同士がぶつかる激しい音がする。ヤった。在木は思った。だが、振るったバットの先を見ると、そこにあるのはただの木だ。勇は顔を傾けて避けていた。瞬きはおろか、顔色一つ変えずに。
在木と前園はその勇の様子に、ただならぬ気配を感じた。公園の空気が張り詰める。そんな中ゆっくりと立ち上がった勇に、在木がまたもバットを振りかぶる。
「躱せるもんなら躱してみな。」
そう言い終えた瞬間、在木の体は脚に走る激痛と共に宙を舞った。勇のあまりにも強烈な足払い気味のローキックが、在木の脚を打ち抜いたのだ。在木は倒れた勢いで、先程自分がバットで打った木に頭をぶつけた。
「ヤロウ…。前園!お前は後ろに回れ!」
「了解っす!」
すぐさま陣形を整える2人に、勇が平然と言い放つ。
「面倒だからまとめてこい。」
これに激昂した在木が吠える。
「ナメんな、くそが!」
三度、在木がバットを振りかぶった刹那、勇は一瞬で間合いを詰めると拳を平たくしたような形にして在木の喉を突いた。在木はなすすべもなく、喉を抑えて呻く他なかった。しかし、人間の目は前についているもの。これをチャンスと見た前園が勇の背後ににじり寄る。が、それも束の間、瞬間的に身を翻した勇の右脚が前園の左太腿に強烈に突き刺さると、重く鈍い音が公園に響き渡った。
「ぐあああ、うああ…。」
倒れてからも脚を抑えてのたうち回る。しかし2人とも、怒りが痛みを凌駕するのにさほど時間が掛からなかった。
「ゲホッゲホッ、くそが…。」
「クソ…っ、殺す!」
だが一時的とはいえ、勇がこの2人を戦闘不能状態にしたのは、ほんの一瞬の出来事だった。まさに電光石火。そんな勇の戦いぶりを南原は、ただ固唾を呑んで見守った。
「立ち上がるのは不正解だ。」
勇は地面に落ちたヘアゴムを拾いながら、静かに言った。
「ああ!?ヤロウ!」
在木は持っていたバットを怒りに任せて投げ捨てると、鬼の形相で言い放った。
「あ〜、お前死んだわ。マジでいくわ。」
「バットを投げたのは正解だ。だがマジになるのは不正解。」
「は?意味わかんねぇな。」
激昂している相手にも、あくまで冷静沈着。勇は拾ったヘアゴムで髪を一つにまとめながら静かに言った。
「今にわかる。」