復讐の毒鼓 第27話
「俺はお前らがやり過ぎないように止めに来たつもりだったが、まさかこんなことになるとはな。」
近江は未だ動けずにいる在木をリュックを枕にして横にさせると、ボヤくように言った。その傍らで在木も力無く愚痴る。
「ちくしょう…何だこのザマは…。」
「あの先輩、もともと喧嘩強かったんですか?」
「いや、ガリ勉だった。俺の知る限りではな。」
前園の問いに近江が答える。しかし、それにしてはあまりにも強過ぎた。
「たった1年でああなれるもんすかね。」
「毎日喧嘩ばっかやってたんだろうよ。イッテテ…。」
「大丈夫か?」
「起き上がれねぇ。まさかこのまま寝たきりになったりしねぇよな。屈辱だぜ。」
目が覚めて暫く経っても未だに引かない激痛に、さすがの在木もつい弱音を吐く。その側では前園がアバラをやられたとボヤいていた。
「アイツをまたシメる気か?」
「そうしたいところだが…。おおごとになっちゃヤベェし、謹慎が終わるまで待つしかねぇよ。」
在木は近江の問いに情けない顔で答える。2人の無残な姿を見て、近江は以前聞いた勇の言葉を思い出した。
(ナンバーズは俺が潰す。)
「おい、何考えてる。お前がやるつもりか?」
「おっ、やってみるかな。」
「18位の俺がこのザマなんだ。お前にゃ無理だ、バカ野郎。」
まだ憎まれ口を叩く元気がある在木に、近江は安堵の笑みを浮かべた。と同時に、今回のこの様子を見て想いを巡らせる。
(あの時は馬鹿げてると思ったが、もしかすると…。)
「じゃ、行くわ。」
そのままこの場を去ろうとする近江に、在木が言葉でがっつく。
「おいおい、怪我人をほったらかしかよ。」
「前園がいるじゃねぇか。」
状況も分かり、その場を後にしようとした近江だったが、先程勇とすれ違った時に聞いたことを思い出した。
「あっ、そうだ。神山のことづけ。」
「あ?」
「お袋さんには階段でこけたことにしとけって。」
「クソ野郎…。」
翌朝。泰山高校に通学する生徒達の人並みの中、学校へ向かって歩く勇の肩を何者かが掴んだ。
「在木と前園が見事にやられたな。」
近江はそのまま勇の肩に腕を乗せて言った。一方の勇はそちらの方など見向きもせずにそっけなく返す。
「で?」
「遠藤も入れればお前に3人もやられたことになる。予想外だ。」
「だから何だ。」
「"ナンバーズを潰す"。そう言ったな。」
そこまで話すと近江は足を止め、重々しく一言放った。
「親衛隊はもう動かないだろう。」
在木が沈黙したともとれるが、昨日の今日ではさすがの勇も状況を把握しかねた。
(何が言いたいんだ?)
慎重に次の言葉を待つ。すると予想外の言葉が近江の口から発せられた。
「だが俺に勝てば親衛隊を動かしてやる。」
「…!どういう意味だ。」
「言葉通りだ。お前にその資格があるか、まず確かめたい。」
(なんだこいつ…。自分は奴らとは違うとでも言いたいのか?)
勇が警戒心を強めるのを意に介さず、近江は話を進める。
「いつがいい?」
「いつでも。」
「明日だ。昨日の疲れを回復させとくんだな。」
それだけ言うと、近江は校門へ向かって歩いていった。
(ただ勝つためでなく、納得させるための闘いか。やっかいだな。)
「加藤のことだが。」
「何か分かりましたか?」
3年の教室では、佐川が何やら早乙女に報告をしている。
「ケータイは証拠品で警察に押収されたらしい。今は在宅起訴中だとよ。」
「在宅起訴?」
「ケータイ見りゃ全体通知の内容も全部バレることになるぜ?」
「"屋上に集合"、"◯◯へ来い"なら問題にならないでしょう。」
早乙女はあくまで冷静である。だがそれでも佐川の心配は尽きない。
「通帳調べられたら?」
「検察の捜査令状がなければ、勝手に閲覧できません。加藤が簡単な少年審判を受けるだけです。」
早乙女は、全てにおいて計算ずくなのだ。
「なら安心だ。それと神山について話したいことがあるそうだ。」
「神山?そんなことで真っ黒な加藤が私に直接会いたいと?」
「そうらしいがどうする?消すか?」
「一応聞くだけ聞いてみましょう。無駄足ならその場で消せばいい。」
その日の夜、加藤は早乙女達に連れられて居酒屋らしき店に入っていった。飾り気のない看板には赤地に白い文字で"Meen"と書いてある。中に入っていくと、カウンターの中にいる店員が早乙女を呼び止めた。
「未成年者はお断りしていますが。」
早乙女はこれに刺すような目つきで答える。
「社長から聞いてないのですか?」
「えっ?」
「私の顔、しっかり覚えておいた方が身のためですよ。」
早乙女は淡白に言い残すと、店の奥へ入っていった。席に着くと、早速佐川がテーブルに用意されたタブレットで注文をし始める。
「いつも通りでいいな?」
「ええ。」
「女呼ぶ?」
「後で。」
何気ないやりとりの中、おずおずと席につく加藤を切るような鋭い目で見据えたまま、早乙女は重々しく口を開いた。
「さて、話したいこととは何ですか?」