復讐の毒鼓 第23話
江上との話を終えた勇が席についていると、内村と南原が連れ立って教室へ戻ってきた。
「内容は?」
「在木が放課後、お前に会いたいそうだ。」
「そいつも親衛隊だったな。」
「ああ。」
この"謹慎期間"を利用し、親衛隊を1人ずつ倒すのが勇の当分の間の目的だ。
「ちょうどいい。」
勇はメガネを外しながら呟いた。
「えぇ〜?自分もっすか?」
在木に教室の外へ呼び出された前園九太は、在木からの"神山潰し"の誘いに対して露骨に面倒臭そうな返事をした。
「ああ、お前1年だけど、親衛隊19位だろ?」
「2人じゃなきゃダメな奴っすか?」
「そんな奴いるわけねぇだろ。手間省きたい、それだけだ。無駄に長引かせて会長の耳に入ったらヤバいしな。」
在木はそう言うと、前園の肩を軽く叩いた。
(ナンバーズの集金額は、1クラスで週3万ずつ…。)
放課後、在木の元へ向かう勇は、江上から仕入れた情報を頭の中で反芻していた。
(一般的な家庭の小遣いは週5千円程度。千円とられてもそこまで負担ではない。上納を拒否したり、カネがなければパシリになる。そしていつしかパシられるより千円払って身を守ろうと思うようになる。早乙女はそこまで見込んでいる。)
公園へと続く道の両脇に立ち並ぶ青々とした新緑をたたえた木々の元を歩きながら、勇は分析を続けていた。
(早乙女に関しては慎重にいくべきだ。学校全体を手中に入れているほどの男…。ただの不良ではない。)
その時、勇のすぐ後ろを内村と並んで歩く南原が急に屈んだ。手には砂を握る。
(まったく警戒してねぇ。今がチャンス。)
南原は心の中で呟くと、勇の顔目掛けてその砂を投げつけた。先程から考え事をしていた勇は南原の見立て通り、警戒心が薄れていた。目に走る激痛と共に視界を失う。
「今だっ!」
南原が作った隙を見逃さない前園が木陰から飛び出し、放った蹴りが勇の顔を捉えた。
「ぐっ…。」
呻きながら勇が倒れると、今度は在木が木陰からガサガサ音を立てながら出てきた。その手には金属バットを握っている。
「いやぁ〜、ナイスタイミングだ、前園。だてに親衛隊じゃねぇな、まだ1年なのによ。」
「コラっ勝手に立とうとしてんじゃねぇよ。」
目をこすり、戦闘態勢を整えようとする勇の顔を前園が蹴飛ばす。
「親衛隊が2人も?」
「早く済ませようと思ってな。」
予想外な前園の登場に狼狽気味の内村に対し、在木は飄々とした口調で言う。その横では前園が倒れた勇に追撃を加えていた。
「神山先輩よぉ!卑怯だとか言わんでくれよ?まさか正々堂々サシでヤルとか思ってたんじゃねぇよな?」
倒れている勇にタバコの煙を吹きかけながら、在木がなじる。
「普通はビビッて転校するんだけど、先輩は帰ってきちまったな。しかも復讐するんだって?でも親衛隊巻き込んだらどうなるか知らないわけじゃあるめぇ。なあ?秀才さんよ。」
まだ倒れたままの勇の顔を覗き込むようにしゃがんでいた在木が、おもむろに立ち上がるとさらに続けた。
「まあこうなった以上、骨1本は折らねぇとな。お袋さんにゃ階段でこけたことにしとけよ?やっぱこういう時、鉄バットだろ。おい、脚抑えとけ。」
そう言うと在木は、持っていたバットで素振りを始めた。様子を見ていた内村と南原が、さすがに気まずそうな顔をする。
「何だ?」
「本当に折るのかよ。」
内村は思わず聞いてしまった。だが在木の答えには躊躇う様子がカケラも感じられない。
「そうだけど?」
「や…やり過ぎじゃないか?」
「やり過ぎ?謹慎中じゃなかったら、もっと折ってたぜ?」
良心の呵責から止めようとする内村の言葉も、そういった感情を持ち合わせていない在木には全く響かない。その時、勇が言葉を発した。
「なあ。」
「あ?誰だ?なんだお前か。」
勇は近くの木に背を預けて座ったまま、在木に最後通告をする。
「今のうちに謝る気はないか?」
「は?」
「今回ばかりは手加減できそうにないんだ。」
勇のこの言葉を聞いた途端、在木と前園が笑い転げる。
「おお、コワっ!ちびりそうだぜ。ついでにお前の顔面にちびってもいいか?くくく。」
「ワロタ、草生えすぎ。」
悪びれる素振りもない2人の反応に、勇の中で何かがプツンと音を立てて切れた。
「ああ、やっぱりそうだ。お前らは救えない奴らだった。」