復讐の毒鼓 第25話
公園は喧嘩の現場を中心に、異様な空気に包まれていた。勇を真ん中にしてその左に在木、右側には前園を配して、戦局は膠着状態だった。
(遠藤がやられるわけだ。こいつは強ぇ。)
(もともと強くなきゃ、1年でこんなに強くなれないね。)
(今は間の読み合い。先に動いた奴がやられる。)
各々考えを巡らせながらタイミングを計る。するとこの睨み合いに飽きた勇が口を開いた。
「おい。」
「?」
「2人でなにつっ立ってるんだ?来ないのか?俺がいこうか?」
「…!この状況でてめぇから来るだと?」
「どういう状況だ。」
(なるほど。今の状況を読めてねぇ。やはりこいつは素人。)
在木の顔が歪んだ笑みをたたえ始める。
「それじゃぼちぼち。」
(そうだ、動け!一歩でも動いた瞬間てめぇは終わりだ!)
敵の動き出しを虎視眈々と狙う在木。その時、勇が一歩踏み出した。
「俺が上だっ!」
「了解っす!」
合図を皮切りに、2人が同時に突進する。一瞬早く間合いに入った在木が左側を前にした半身で大きく飛び上がると、右脚で渾身の蹴りを放った。勇は屈んで避けながら素早く時計回りに体を反転させ、回転の勢いを利用して右足を振り上げた。
メキッ!
勇の踵が在木の顔面にめり込む。だがちょうどその時、前園は勇の後ろからローキックを放っていた。しかし勇はこれを、在木を蹴った勢いを殺すことなくそのまま飛び上がり、躱す。ローキックの失敗で体勢が崩れかけた前園の顔面に、さらなる回転の勢いと全体重の乗った左拳が炸裂した。
2人が地面に叩きつけられるのにかかった時間はほんの瞬きほど。親衛隊2人を手玉に取る勇の鬼神の如き強さに、見物している内村も南原も目を見開くばかりだった。
「山田よ、お前"神山の件"、在木に頼んだらしいな。剛から聞いた。」
近江は病院から出ると、すぐさま山田に電話していた。
「余計なことを…。アイツは最低限、骨折させなきゃ気が済まない奴だぞ。場所は?…ああ、分かった。行ってみる。」
先刻の蹴りのダメージで朦朧としながらも、在木は立ち上がろうともがいていた。何より、親衛隊に数えられる程の自分が、しかも2人がかりでも手も足も出ない。その現状に頭はパニックに陥り、プライドは無惨に引き裂かれていた。
(な…何がどうなってんだ?)
そう考えていた矢先、左側頭部の激痛と共に体が吹っ飛ばされる。勇は蹴り倒した在木の顔を踏みつけ、冷淡に一言放った。
「まだだぞ。」
「お…お前…死ぬぞ…。」
「は?」
「俺らは親衛隊…。手ぇ出した奴は死ぬ。」
「遊びだな。」
何が親衛隊だとばかりに冷ややかに見下す。
「遊びかどうか、今にわかるぜ。」
在木の顔を踏みつける勇の後ろから、立ち上がった前園が忍び寄る。そのまま背後からパンチを放った。
パシッ。
勇は後ろからの攻撃だったにも関わらず、そのパンチをあっさりと受け止めた。そして凄まじい力でその拳を握り込む。
「放せ!」
「イヤだね。病院で暫く休んでな。その間に全て片付いてる。」
「ふざけんな…。」
ボキッ!
言い終わるのを待たずに放たれた勇の拳が前園の左脇腹にめり込むと、骨が折れる気色の悪い音が鳴り響いた。
「ぐああっ!」
呻きながら倒れる。肋骨骨折。前園はもう戦えない。2人がかりでも触る事すら叶わない上に戦力を削がれた在木には、もはや絶望的な未来以外思い描くことができなかった。
強者はいつも、恐怖によって弱者を平伏させる。今までずっと強者の側にいた。そしてこの先も、当然そうだと思っていた。弱者の気持ちなど知る気もなければ、そんな機会が訪れることすら想像し難いことだった。だがそれが今、訪れた。想像を絶するほどの圧倒的な恐怖が在木の全身を焼き尽くす。
「くそっ。」
在木は必死に体をもたげると、公園の出口に向かって走った。しかし、もつれた足が木の根に引っかかり、そのまま転んだ。逃げる事すらままならないのか。在木は背筋を走る冷たい感覚に思わず振り返ると、すぐ後ろに勇が立っていた。氷のような冷め切った目で見下ろしている。在木の頬に伝う冷や汗。もう日も落ちて暗くなった空に、鈍い音がこだました。