復讐の毒鼓 第85話
「雷藤…仁…?」
「レスリングをやってた雷藤…?」
仁の雄叫びに佐川と早乙女の顔色が変わる。レスリング界の麒麟児の名は同年代であることも手伝ってか、不良達の間でも知られていたのだ。仁の素性がようやく理解できた早乙女はすぐさま指示を出した。
「レスリングをやってた奴はすぐバテます。なので出来るだけ引き延ばして下さい。それから佐川は番外と四宮に電話して、女どもを片付けるよう言って下さい。」
早乙女の残虐な指示を、佐川がすぐに実行に移す。
路上に倒れる番外の携帯の呼び出し音が鳴る。だが既に気を失っている彼がこの音に反応することはなかった。彼と同じく既に倒された四宮も同様だった。
公園の入り口で待機する木下に、バイクのエンジン音が近付いてきた。愛が到着した。
「木下さん?」
「出前野郎?」
初対面の2人はまず、お互いを確認し合う。それが済むと、愛は仁と同じように木下を諭した。
「ここは危ないから、他のとこに隠れてて下さい。」
「別にヘーキ。」
仁のときと同じように逃げることを拒む木下を見て愛は優しく微笑むと、現場へと続く階段を駆け上がる。しかしすぐに止まり、木下の方へ振り返った。
「なんか細長いもの、持ってます?」
「これなら。」
木下がそう言って手に取ったのは、先程番外の手下と戦った時に使ったかんざしだ。愛はそれを受け取ると、すぐに現場へ向かった。
「ウルァ!」
バゴオッ!
仁の圧倒的な強さの前に、ナンバーズ達は次から次へと倒れていく。状況を見かねた早乙女が、より強力な駒を動かした。
「二階堂、三鷹!2人がかりで行って下さい。」
親衛隊2位、3位が立ちはだかる。仁は2人の顔を見るなり、すぐさま二階堂に殴りかかった。
(こりゃ1発でもまともにくらったらヤベぇな…。)
辛うじて仁のパンチを避けた二階堂だったが、そのあまりの拳圧に背筋が凍る思いだった。二階堂と対峙する仁に、後ろから三鷹が飛びかかる。
「こっちは2人なんだよ!」
ドゴォッ!
その声を聞いて振り向き様に放った仁の蹴りが、三鷹の腹に深々と突き刺さった。だがその隙を見逃すほど親衛隊2位は甘くない。仁が三鷹に蹴りを放った刹那、二階堂は仁の軸足を刈った。たった一本で身体を支えるその足を刈られては、さしものレスリングチャンピオンも立ってはいられない。仁が転んだところへすかさずナンバーズ達が鉄パイプを振りかざす。仁は身をよじってそれらをなんとか躱すとすぐに体勢を整え、目の前の男の顔に頭突き、パンチを続け様に喰らわす。だがその隙に後ろから襲いかかった男の鉄パイプが仁の頭に当たった。こんなもので頭を殴られてはひとたまりもない。男は一瞬勝利を確信した。だが次の瞬間、男は信じられないものを目の当たりにした。目の前の男は自分の頭を殴った鉄パイプを掴むと、何事もなかったかのようにこちらへ振り向いたのだ。男の顔が恐怖に引きつる。もはやどんな生き物を相手にしているのかさえ分からなくなっていた。
「オルァアアッ!」
仁は掴んだ鉄パイプごと男を投げ飛ばすと、その鉄パイプの先を向けて男達に威嚇した。
「テメーらの脳天カチ割ってやらぁ!」
「電話、出ないぞ。」
「クソッ。」
佐川の報告を受けた早乙女が、その顔に不快感を露わにする。
「もうどうでもいいです。一条。」
「ん?」
「神山は任せました。」
「…。」
「どうしました?」
あくまで自ら手を下そうとしない早乙女。一条はそんな彼に不満がある訳ではなかったが、今自分が手を下すことには不満があった。
「戦う力も残ってない奴と張り合うのが癪に触る。」
悪の限りを尽くすナンバーズ内において辛うじて男気と呼べるものなど、今一条が見せたそれ以外ない。そんなものとは無縁と思われる早乙女だったが、親衛隊1位の意見だけに彼は一条の言い分を尊重した。
「五十嵐。」
「おー。」
「神山が回復する前に終わらせて下さい。」
指示を受けた五十嵐の顔が、極めて卑しい薄ら笑いを浮かべる。
「俺の手で終わらせていーワケ?ゾクゾクするぜ。」
「茶番はここまでです。残りの親衛隊で雷藤を潰して下さい。」
仁は総勢約70人を相手に孤軍奮闘していた。個の力としては圧倒的な強さを誇る仁だったが、70対1ではあまりに多勢に無勢。その大軍を前に、徐々に旗色が悪くなっていく…。