復讐の毒鼓 第39話
「おりゃおりゃおりゃぁぁ!」
晴れ渡る空に佐川の怒号と鈍い音が轟く。仁に馬乗りになった佐川は、空いている右手で仁の顔をめった打ちにした。
「オイ、それくらいにしとけ。もうお前の勝ちだ。」
大道寺の一声でようやく佐川が手を止めた。決着だ。
「強さは同じくらいだが、お前にはパワーが足りない。」
「俺っちの負けだ…。勝てねーや。」
佐川の言葉に顔の左半分を腫らした仁が悔しそうに答えると、先程仁が脱いだ上着を早乙女が手渡した。
「それでもなかなかやりますね。名前は?」
「褒めてんのかー?雷藤仁だ。」
「雷藤?」
その名を聞いた早乙女の脳裏に加藤の顔がよぎった。
(神山のヤツ…どうやら雷藤と仲が良いみたいです。)
居酒屋の時のことだ。その時は自分には関係ないと思っていた早乙女だが、一見何の脈絡もないように見えるパズルが妙なところでうまくハマるような感覚だった。しかし、肝心なところのピースがまだ欠けたままだ。早乙女は思わず仁に直球な質問をした。
「神山秀…知ってますか?」
「秀?」
つい聞き返してしまった仁だが、そういえば泰山の校門前で待ち伏せした時、勇の制服の名札に『神山秀』と記してあったのを思い出した。
「知ってるけど、なんでだ?」
「どうして知ってるんですか?」
「アイツは…。」
待ち伏せの後の愛とのやり取りを思い出す。学校に通っている勇を見て彼が改心したと思った仁は、自分達2人だけでこの決戦に臨もうと話していた。
「アイツは…ただのガリ勉だろ?」
「…行きましょう。」
期待外れな仁の返事を聞いて、早乙女達はさっさと帰って行った。
「ハー…。そろそろ起きろよー。」
まだ倒れたままの愛に一声掛けると、仁はポケットからタバコを取り出し、吸い始める。
「オイ大道寺、俺らが泰山の3年にボコボコにされたって、ちゃーんとウワサ広めてくれよな。」
「わあったよ。何回言うんだよ。」
2人の会話に、起き上がった愛が口を挟む。
「もっと早く終わらせてよ。退屈だった…。」
「しゃーねーだろー。あっけなく負けても疑われるし。あのブタが本気出した時がナイスタイミングだったんだよ。」
仁達はこの決戦を機に不良を引退しようとしていた。黒星を付けて自分達の名を落とすことで、今後戦いを挑んでくる者を断とうとしていたのだ。
仁と愛はかつて、他の地域の不良達と金を賭けてよく喧嘩をしていた。最初は2人だけだったが、徐々に勇も参加するようになっていった。そんな生活が続く中でいつしか傷付くことにも慣れ、また人を傷付ける事にも慣れてしまった。こんな傷付け合いの螺旋のような生活に、心底ウンザリしていた。
「もうこれで僕たちに挑んで来るヤツいないよね。…タバコまだ吸ってんの?」
「こりゃー俺っちの不良生活とオサラバする為の最後の一服だよ。元々タバコっつーのは10代で吸って20代でやめんだよ。ハタチすぎて吸ってんのはダセーってことー。」
愛は仁のこの持論に全く興味がないようで、いい加減極まりない返事をする。そんな仁に大道寺が労いの声を掛けた。
「にしてもよくお前ガマン出来たな。高等部チャンピオンのお前の前でレスリング自慢されるの癪に触っただろーに。」
「示談金500万の前じゃなぁ。」
仁はしょぼくれ顔で口を尖らせる。そんな仁を見て微笑む愛のことも大道寺は労った。
「お前も素手でよくがんばったな。本当は武器持ちたかったろ。」
「刃物は反則でしょ。」
刃物を持つことは殆どなかったが、ペンを武器にして戦う愛の右に出るものはそうそういなかった。
「っかー!天気いーなー!」
2人は地面に寝転がって空を見上げた。ようやく終わった引退式とこの晴れた空が、2人の心にかかっていた雲を取り払ってくれるようだった。そのまま今後のことを話す2人だったが、今の彼らにとって謎となってしまっているあと1人の動向が気にかかる。
「それにしても俺たちゃこれで引退だけど、勇のヤツなにしてんだろーな。」
ファミレスでは勇の言った作戦の内容を、近江がノートにまとめていた。
「それで?皆川をおびき出して…12位から14位までを一気に仕留めるってことか。」
「それがベストだ。」
「皆川は外でシメるとして、夜より昼がいい。」
「なぜだ?」
「やつは夜クラブでバイトをしてるが…そのクラブはヤクザのもんだ。」
昼間に動くとなると、勇は1日学校を休まざるを得なくなる。だが勇はそれを快諾した。
「俺がやる。行動エリアを教えてくれ。」
普段皆川は、昼間はどこかをほっつき歩いているかネットカフェでゲームをして過ごすことが殆どだった。だがそこに問題が一つ…。学校外で皆川は、常に武器を持ち歩いていた。