復讐の毒鼓 第36話
「学校通ってるヤツのわりにやるじゃねーか。でも退学組の俺っちが負けるわけ…。」
仁は舌戦を交えた喧嘩を楽しもうとしているようだった。しかし右山はそれには応じず、無言で仁の腰目がけてタックルすると、そのまま腰を抱えて投げの体勢に入った。
「おいおい、俺っちが話してんのに攻撃かよ?」
投げられながらも呑気に喋っていた仁だったが、右山はそれに構わず仁の背中を地面に叩きつけた。そしてようやく口を開く。
「俺は小学生の時からレスリングをやっている。」
「へえ?小学生の時から?そりゃあ大したもんだぜ。」
「貴様が思っている以上にレスリングは危険なスポーツだ。これ以上フザけた真似をすると、ただじゃおかない。手加減するのもここまでだ。」
右山はレスリングの技を喧嘩に使うことはあまりないようだ。佐川と早乙女が各々分析しながら話す。
「右山がレスリングの技を使うの、久々に見るな。」
「まぁある程度実力はあるんでしょう。」
そうこうしているうちにようやく立ち上がった仁は、再び右山を挑発し始めた。
「そのレスリングの技とやら、もっと見せてくれよ。」
「挑発してるのか?」
「だとしたら?」
言うと同時に突進し、右山の顔めがけて拳を突き出しながら飛びかかる。隙だらけなその様はまさに技をかけてくれと言わんばかりに見えた。
「一体何を…?」
あまりに隙だらけな仁に、見ていた早乙女も警戒心を顔に出して呟く。
右山は仁のパンチの下から潜り込むと、仁の体を持ち上げ、再び地面に叩きつけた。
「イッテー…腰が…。」
そう言って地面に転がる仁の腹を、右山は全力で蹴った。だがその瞬間、蹴り足に違和感を覚えた。何かが絡みついたような…。
「む?…なっ…!」
絡みついたのは仁の腕だった。仁は右山に"蹴られた"のではなく、"蹴らせた"のだ。
「これもレスリングの技か?」
仁は不敵な笑みを浮かべてそう言うと、右山の膝のあたりを掴んで倒した。瞬き一つ分に満たない一瞬の出来事だった。その鮮やかな技に、早乙女達の顔にも戦慄が走る。
勇達は話し合いの場にファミレスを選んでいた。近江が勇の分のドリンクを一緒に持ってくる。
「ずいぶん健全だな。」
「タバコも吸わない。」
「宗教的な問題か?」
「いや。」
当たり障りのないやり取りの後、本題に入る。
「まあいい…。それでなんの計画の話だ?」
「親衛隊の20人の中で、何人か注目すべき奴らがいる。」
「どういうことだ?」
近江によると、彼らの実力は正直みんな似たり寄ったりで、その時の調子によって勝ったり負けたりして順位が入れ替わることがあるという。
「だが無視できない順位がある。15位、11位、7位、5位だ。」
ちょうど今しがた、手っ取り早く上位を潰す方法を考えていたところだ。
「…続けろ。」
仁は、右山を投げると同時に足首の関節を極めていた。右山はなんとか関節技から脱出するべくもがこうとするも、動くことすらままならなかった。
「放せ!この卑怯者が…。」
「カッコつけてたのに余裕がねーみたいだなー?ストリートファイトに卑怯もクソもあるかよ。凶器だけ持ち出さなきゃいーんだよ。」
「放せ!放して正々堂々戦おう。」
右山はどうやら、仁のこの関節技から自力で脱出することが不可能と判断したようだ。放すよう説得するも、ルールのない路上の喧嘩には無意味だった。
「やなこった。俺っちは、どっかで習ったとかなんとか言ってカッコつけるヤツが1番キレーなんだよ。喧嘩はこーでなくちゃな?」
「くっ…このっ…。」
「どーするよ?オメーの足首、俺っちがもう少し力入れりゃポキッといっちまうぜ?」
降参しようとはしていないものの、右山にはもう逆転の手立てがなかった。状況を見かねた早乙女達が動き出す。
「佐川。」
「あぁ…。」
「典型的なストリートファイターですね。汚いやり口だ。わかっていればこっちのものです。右山や佐川でも十分に勝てます。」
「了解。」
簡単なやり取りを経て、佐川が帽子を取りながら出ると右山が喚く。
「やめろ!俺だけで十分だ!佐川!俺負けてないからな!」
「あぁ、わかってる。今日は俺に任せて、お前は今度勝ってくれ。」
同志の顔を立てながら交代を促す佐川を見て、仁も気が変わったようだ。
「おや?選手交代か?んじゃ俺っちも交代すっか。」
右山の足を放してのそりと立ち上がると、愛の方を見る。
「あのでけーヤツの相手しろって?」
「おう。」
「ったく。」
ため息混じりに微笑む愛の顔には"しょうがないな"と書いてあるようだった。弱らせてくれれば良いという仁に対し、うんざりしたように言う。
「もう終わらせよう。」
「あのオンナみてーなヤツと戦いてーんだよ。」
「とにかく僕はこれで終わりだよ。」
こうして選手交代を終えた両陣営が、再び対峙する…。