復讐の毒鼓 第37話
「必ずしも全員順番にシメてく必要はないが、抑えておくべき順位のヤツらはいる。例えば15位をシメれば、12位まではみんな大体同じくらいのレベルってことだ。」
近江はファミレスで、勇への説明を続ける。
「15位は誰だ?」
「2年の皆川重五だ。2年の中で1番と言っていいくらいクラスのヤツらへのいじめも悪質な暴君だ。学校にもあまり来てない。」
15位といえば、そのすぐ下がこの間戦った陣内だ。だが近江によると順位こそ1つ違いだが、レベルは段違いらしい。両者は交流もほとんどなく、皆川は陣内を見下しているようであった。
「学校に来ないのはかえって好都合だ。外でシメられる。」
勇にとってはパシリのふりをして周りに気を使う必要がない。
「あぁ。ただ問題なのはセットで動いている12、13、14位だ。コイツ等は2人もしくは3人セットで行動するはずだ。だから計画が必要だ。」
佐川の振るう拳は一向に当たる気配がない。愛はそれを軽やかに躱し、その都度軽いパンチをカウンターで入れていた。
「おいデブ、随分動き鈍いけど大丈夫?」
佐川のパンチがことごとく空を切る。その度に愛のパンチがカウンターで顔面を捉えた。
(短いスパンで攻撃して相手にダメージを与えるスタイル。1発で倒せそうなヤツと見せかけてずっと避けるから、イラつかせてこっちの平常心を失わせる…。)
佐川は時折打たれながらも愛の戦闘スタイルを分析していた。
「なーにやってんだ。1発くらい当ててみろよ。」
避けては細かいカウンターを当て、言葉でさらに焦らす。相手を怒らせ、1つ1つの動きを大きくさせて疲れたところへとどめを刺す。それが愛の戦い方と見た佐川は、騙されたフリをするためにワザと大振りのパンチを振った。佐川の読みは狙い通りだった。大振りのあとにできた隙に愛の鋭い蹴りが飛んでくる。佐川は一歩前進することでその蹴りを躱すと同時に、愛の脇腹を拳で叩き落とした。倒れていく愛を佐川は両手で掴むと、その体を頭上まで持ち上げる。そしてそのまま地面に叩きつけた。
「テメー何すんだよ!」
気絶した愛の身を案じて叫ぶ仁への佐川の返事は非情そのものだった。
「ゴミの処理だ。」
「テメェッ…!」
佐川のこの発言に切れかけた瞬間仁の脳裏によぎったのは、かつて自分の親をバカにされて切れて暴れたあと勇に言われた言葉だった。
仁はひと暴れした後、勇と一緒に路地裏でタバコを吸っていた。先程の仁の暴れ方を見かねて勇が一言漏らす。
「お前はすぐカッとなるとこだけ直せばな。」
「どーゆーことー。」
「喧嘩にしろ試験にしろスポーツにしろ、強い奴らは感情に負けない。逆に感情をコントロールして集中する。」
確かに勇の言うことは正しいかもしれない。だがこの時の仁にはこの言葉が素直に受け入れられなかった。
「じゃあお前は親のことけなされて黙ってられんのかよー。」
「そりゃムカつくよ。でもそれを見せちゃダメだ。感情が露わになると動きが大きくなり、隙もうまれる。」
「じゃーザコと戦う時はいーじゃねーか。」
「ザコの相手をする時は、知らず知らずの内に必要以上にボコボコにしちまいがちだ。結局示談金クソほど払って終わるだろ。それにそうしてると戦い方に変なクセがついて、いざ強いヤツと戦う時に隙がうまれる。」
「ふーん…。」
ここまでの説明でもイマイチ腑に落ちない仁に、勇は念を押すように言った。
「忘れるな。自分の感情に勝てないヤツはザコだ。」
「ふぅ…よっしゃ、相手してやるよ。」
勇の言葉を思い出した仁は、一度は爆発しかけた感情を見事にコントロールし、冷静さを取り戻した。
「なにやってんだよ。選手交代だ。かかってこいよ。」
佐川が連戦への意欲を誇示する。
「今言ったこと、後悔すんなよ。」
再び空気が張り詰める。
警察署。日曜出勤している倉田と若手刑事が話している。
「なにしてんだ?」
「ヒマだから新聞読んでます。」
若手刑事が頬杖をつきながら答える。
「オイオイ、刑事がヒマでいいのかよ。」
「日曜出勤したからやることなくて。ハハ。」
「なんかおもしれー記事あったか?」
「んーっと、学生に喫煙を注意した40代男性が集団で暴行されて刃物でも刺されたみたいですね。最近のガキはどうかしてますよ。こんなニュースばっかりで。」
世を憂う若手刑事に倉田が冷静に返す。
「昔のガキもみんな一緒だ。自分は違ったって思いがちだけどよ。」
「じゃあなおさら社会は腐ってますね。そーいえば昨日も病院から通報入ってましたよ。」
「通報?」
「泰山高の学生が刃物に刺されて来て治療したって。仲間内でイタズラしてたらしいですよ。」
「それで?誰が出かけた?」
「中村刑事が行ったと思います。詳しいことはわかんないですけど。」
「泰山高って…自殺した山﨑哲郎が通ってたとこじゃねーか。」
倉田は吸い殻が山盛りに溜まった灰皿でタバコの火を揉み消すと、静かに言った。
「中村どこ行った。」