復讐の毒鼓 第15話
泰山高校には今、『いじめ・校内暴力摘発・補導週間』ののぼりがかかっている。先の山崎の件を受けての事だ。しかしそんなのぼりなど、暴力を振るう側にとっては何の変哲もないただの風景でしかない。たった今も、暴力を"振るうための"相談がされていた。
「どういうことだ。」
南原から事の仔細を聞いた近江が訊く。
「聞いた通りだ。神山の野郎、1年間鍛えてたみたいでよ。俺も内村もやられちまった。加藤がいねぇからって調子に乗ってやがる。」
「で、俺にシメてほしいと?」
「あ…ああ。加藤が不在時にはお前が代理でやることになってるだろ。」
近江の地味な圧力に少々たじろぎながらも南原が頼む。しかし近江は固かった。
「3週間謹慎でまだ3日目だ。それに…俺は親衛隊だ。会長の許可なしには動けない。お前らも当分大人しくしといた方がいい。」
それだけ言い残すと、用は済んだとばかりにその場を後にする。そんな近江の後ろで、自分達では親衛隊を動かすのは無理だと改めて説得する内村。2人のやりとりを聞いてか、近江が南原を呼んだ。
「1組の遠藤に掛け合ってみようか?あいつなら親衛隊も同然だし、コンディションによっちゃ俺よりも上だからな。」
「お、おう。頼む…。」
2年1組の教室。遠藤の笑い声が廊下にまで響いていた。
「清十郎から聞いたよ。なっさけねぇなお前ら。ダサ過ぎじゃね?神山っていやぁ去年、雨の日にフクロにされた奴だろ?たかだか1年鍛えた野郎にそのザマかよ。」
遠藤は腕を組んだまま2人を嗤った。
「笑い事じゃねぇんだって。」
「レベル低すぎ。カハハ。」
そうも言われると、南原も思わず表情を曇らせる。しかし遠藤は南原の機嫌などお構いなしだ。
「んだその顔は。文句でもあんの?」
「…!い、いや、なんでもない…。」
いかに気に食わないことを言われようとも、南原が逆らえる相手ではないのだ。
「ククク。3週間もくそつまんねぇと思ってたが、こいつぁ思わぬラッキーだぜ。」
「で…でも、会長に知られたらまずいってことは…。」
南原もさすがに謹慎のことは気にかかる。だが遠藤は意に介さずといったところか。バレないようにやる自信があるようだ。
「ったりめぇだろ、心配すんな。神山の野郎をてめぇらの前でひざまずかせてやる。俺の名にかけてな。」
その言葉に思わずニヤける南原の顔を見る内村の頬に、何やら気持ちの悪い汗が伝った。
その頃3年1組の教室では、例の"決戦"の話がされていた。
「佐川。今週の日曜に決まりました。いいですね?」
「ああ。」
「ようやく会えますね…。」
「誰に?」
「毒鼓。本来ならうちの高校に入ったはず。あれから別のところの奴らとつるんでたそうです。」
「毒鼓って本名か?」
「一応それで通っていますが、正確なことは分かっていません。」
早乙女の"毒鼓"への感情は、憧れに近いものがあった。彼は今まで、自分と満足に張り合える相手と戦ったことがなかった。
「初めて私と釣り合う相手に会える。楽しみですね。」
一方、相手となる"退学組"の2人は『MASUDA CHICKEN』に集まっていた。
「2人だけって知ったら、がっかりするだろーなー。」
「この件が片付いたら仁もここで働いてね?」
「えー、俺っちもチキン屋になんのー?」
「ここでバイトしながらカネ貯めて資格取ったら?」
「ま、考えてみるよー。」
愛からの提案を流しつつ、仁は電話をかけた。
「誰に?」
「日曜の件、パイプ役にこっちは2人って言っとこーと思ってねー。」
「放課後に公園に連れて来い。」
「こ…公園?」
遠藤の指示に南原が困惑して聞き返す。遠藤は去年、秀をリンチした公園を"神山"をシメる場所に指定したのだ。
「遠くないか?焼却炉でもいいんじゃ…。」
降って湧いた疑問を素直に口にすると、頭を小突かれた。
「このバカ!たまにゃ脳みそ使ったらどうだ、このボケ。その頭は飾りか?救えねぇ野郎だぜ。」
「なんでわざわざ公園で?」
南原の額をグリグリとつつく遠藤に、今度は内村が訊く。
「はぁ〜、一々説明しねぇと分かんねぇのかよ。いいか?あそこは去年、神山をボコった場所なんだろ?だから奴はあの時のトラウマでつい固まるはずだ。」
「な…なにもそこまで。」
南原は事が大きくなるのを恐れた。もしこの話が早乙女の耳に入れば、彼の怒りの矛先が自分にも向くことは間違いないだろう。だがそんな南原を気にも留めず、遠藤は自信満々に続ける。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす…。それが俺とお前らの違いだ。ソッコーで奴を叩きのめして、二度とデカい面できねぇようにしてやるよ。」
返す言葉もなく沈黙する2人に、遠藤は溢れんばかりの自信に満ちた笑顔で続けた。
「これがケンカのやり方だ。場所決めからすでに始まってんだよ。」