復讐の毒鼓 第8話
山崎への執拗な暴力は、とどまることを知らなかった。
「た…助けて…お…お願いします…。」
山崎はうずくまり、両手を合わせて懇願する。もう視線を合わせることすらできずにいた。
"いじめ自殺"のニュースをよく目にする。山崎は自殺を選ぶほどバカじゃないはず。勇はそう考えていた。何より、今は動くべきじゃない。今目の前にいるコイツらだけなら、何とでもなる。だが、表立って動けば、当然敵は勇を潰しにくるだろう。味方が一人もいない今、事を起こせば最悪の場合、1対120の戦いになる。どう考えても現実的ではない。
そう考える一方で勇の脳裏には、自分が復学してからの山崎のことがよぎっていた。
一学年下に一人やってきた自分に気遣い、話し掛けてくれた。事あるごとに、この学校のしきたりや立ち回り方を教えてくれた。今日に至っては、暴力から助けようとさえしてくれた。その山崎を今、自分は助けられないでいる。勇の奥歯は歯痒さのあまり、ギリギリと音を立てていた。
「あと何分だ。」
勇は内村に昼休みの残り時間を訊くと、1分との答えが返ってきた。
(相手は二人。これなら…。)
始業までの間にこの二人を片付け、山崎を救出。勇は、1分あればできると判断した。先程やられたばかりの内村は、不安げに勇を見ている。そこへ突如、怒鳴り声が教室に響いた。
「お前ら、何やってんだ!!」
加藤は山崎を殴る手を止め、声がした方へ振り向く。教室の入口には、一際険しい顔をした担任の佐藤が立っていた。見物していた者たちにも席に戻るよう指示する。
「加藤!説明しろ!」
説明を命じられても、舌打ちして不貞腐れる加藤。その態度は当然、火に油を注いだ。
「何だと?ぶたれたいのか?」
だが加藤はその言葉に一層不貞腐れた。
「体罰?教師辞めたいんすか?うぜ、こっちから辞めてやるよ。」
そう吐き捨てて、教室から出て行った。佐藤はため息混じりに山崎の方へ向き直ると、声を掛けた。
「保健室行くか?それとも早退するか?」
先程とは打って変わって、穏やかな問い掛け。だが山崎は沈黙したままだ。痛みと不安、そして恐怖。こんな感情だけが、彼の全身を支配していた。
佐藤は穏やかに早退を促すと、事情を訊くために南原を職員室へ連行することにした。残りの生徒は自習だ。
その後、そのまま学校をサボった加藤は、行く宛もなく街中をブラついていた。後ろの方からバイクが走ってくる音が聞こえる。そのまま通り過ぎると思っていたが、その音は加藤の側に停まり、加藤を呼び止めた。
バイクに乗っていたのは雷藤仁だ。仁は、加藤の地元の先輩でもあった。
(あのチンピラが、なんでこんなとこに…。)
地元で散々暴れていた先輩である。喧嘩はべらぼうに強く、キレると歯止めの効かないタイプだったため、加藤は極力関わりを避けていた。
「この顔、知らねー?」
仁はおもむろに携帯の写真を加藤に見せた。その写真に映る男を見た加藤は、驚きを隠せなかった。最近復学してきた、パシリの神山だ…と思ったが、面倒事に巻き込まれるのはゴメンだ。加藤は知らないフリをすることにした。
「電話すればいいんじゃ…。」
「繋がんねーから聞いてんだろー。で、どうなの?」
「し…知らないっす。」
あっそー、とだけ言って立ち去ろうとする仁を見て加藤は内心ホッとしたが、一旦仁を呼び止めた。
「あ…あの…。見かけたら連絡しますか?」
「ああ、頼むよ。」
そう言って仁はその場を去って行った。
(なんで神山を…?)
加藤の頭の中を、疑問符が占領していた。学校でもあれだけ地味なパシリの神山が、あんな札付きのドチンピラに目を付けられる理由が分からない。"神山"の正体や二人の関係を知らない加藤には無理もない。加藤は、勇をシメる時のいい材料くらいに考えていた。
「大丈夫?」
「だ…大丈夫…。たまにあるんだ、こんなこと…。」
気遣う勇に、山崎が答える。散々腫れた傷だらけの顔で力無く笑ってみせると、山崎は帰っていった。
(大丈夫だろう。パシリにはよくあることだし。)
この考えがいかに浅はかなものであるかを、勇は間もなく思い知らされることになる…。
山崎は帰宅すると、部屋の隅で一人むせび泣いた。
「うっ…ううううっ…かあさん…。」
6ヶ月前。加藤はどこで知ったか、山崎家が父子家庭であることを聞いてきた。
「親父…何時に帰んだ?」
「9時とか10時くらい…。」
正直に答える。山崎は、頭に浮かんだごく自然な疑問を加藤に投げかけた。
「そんなの、なんで訊くの?」
そう言いながら加藤の顔を見ると、その顔はおぞましいほどに歪んだ笑顔をたたえていた。
「じゃあ、これからお前をパシッてもいいわけだ。」
ここから、山崎にとっての地獄の日々が始まったのだ…。
むせび泣く山崎から少し離れた床に転がる携帯が鳴った。メッセージの送り主は、加藤圭…。
ーー加藤圭
魔法使いの最高レベル、明日までにできなかったら…
殺す