復讐の毒鼓 第11話
加藤の闘志はまだ衰えない。上着を脱ぐと、今度こそはと本気で殴りかかった。が、勇はあっさりとそのパンチを捌くと強烈なパンチを浴びせ、加藤をその数メートル後ろにあるフェンスまで吹っ飛ばした。加藤はおびただしい量の鼻血を垂れ流しながらフェンスに寄りかかる。
かつて無いほどの痛みと圧倒的な恐怖が、加藤の全身の自由を奪う。喧嘩でこれ程の感覚を味わうのは、彼の人生に於いて初めてのことだった。
(ふ…震えている…!?)
加藤がこの絶望的な感覚を自覚し始めたその時、勇は彼の後頭部の髪を鷲掴みにし、何度も何度も殴りつけた。
(あ…ありえねぇ…。)
加藤の顔は瞬く間に別人のように腫れ上がっていった。朦朧とする意識の中で加藤は、取るに足らない雑魚のはずの"神山"に手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめされた現実を受け入れられずにいた。
「ありえない…か?」
勇は涼しげな顔でタバコをふかしながら、加藤の心の内を代弁する。
「これが現実だ。」
そう言うと加藤の顔面にトドメの蹴りを叩き込み、彼が脱いだ上着を頭から被せるとその場を後にした。
祭壇の山崎の遺影の前に置かれた香炉に線香を立てると、勇は遺影に向かって深々と頭を下げた。
「君は…?」
山崎の父親からの問いに、クラスメイトであることを告げる。それを聞くと父親は、勇の手を弱々しく握った。
「ありがとう…。哲郎にも友達がいたんだね…。哲郎は学校でどうだったのかな。」
学校での様子は正直、この場に似つかわしい言葉が勇の頭には浮かんでこない。復学したばかりであることを話すと、父親は残念そうに肩を落とした。しかし勇はパシリとして同じ立場で彼の側にいたからこそ、彼の人としての素晴らしい一面が見えていたのだった。
「でも…思いやりがあって他人を助けられる、心優しい友達でした。」
勇は胸を張ってそう言った。紛れもない事実だ。父親はその言葉を聞くと、勇の肩を力強く掴んだ。その目からは大粒の涙が溢れ出す。
「哲郎をそんな風に思ってくれて…ありがとう…。」
父親は暫く勇の肩を掴んだまま、大声で泣き続けた。
先程の路地裏で、加藤が目を覚ます。痛みのあまり呻きながらフェンスを掴んで体を支えた。
(警察に自首しろ。ありのままを話せ。)
勇にそう言われた加藤だが、ぐうの音も出ないほど叩きのめされてなお、素直にその言葉を聞き入れるつもりは毛頭無かった。
(謹慎中だが、やり方はあるんだよ…。)
そう呟きながら携帯を取り出す。
警察署では倉田刑事が、その強面をしかめながらくわえタバコで陳述書を読んでいる。この倉田という刑事はかねてから校内暴力を担当しており、神山秀の事件の際にも捜査にあたっていた。
「何か掴めました?」
「皆が皆、知らねぇだとよ。」
一緒にいた若手刑事に訊かれ、不機嫌そうに答える。
「まぁ、そう言うでしょうね。脅迫のメッセージを送った奴に直接聞いてみます?」
「加藤か。」
「え…名前、知ってるんですか?」
若手刑事が意外そうに言ったが、倉田の担当は校内暴力である。もうその程度の情報は掴んでいた。倉田は吸っていたタバコを揉み消しながら言った。
「たった1人だけ書いてたんだ。加藤圭が殺したも同然だってな。」
雷藤仁のバイクが夜の街を駆ける。ちょうど、仲間たちと賭けレースに興じているところだった。そんな仁の元へ、一本の電話が入った。
「もしもし。」
「あの…加藤ですが。」
「俺っち今、レース中〜。勝った方に1万だから、後で電話してくんね?」
あくまでレースに集中しようとする仁だったが、次の加藤の言葉にバイクを停めた。
「探してた奴のことですが…。」
仁はハンズフリーのイヤホンを外し、携帯を耳に当てた。今度は電話に集中したい。
「見つかった?」