復讐の毒鼓 第12話
「なに止まってんの?」
バイクレースを中断して電話で話す仁の隣に、仲間が停まる。すると仁はポケットの中から1万円を出し、その仲間に渡した。
「ほい、1万。お先〜。」
仁は賭けレースの清算を済ませると、そそくさとその場を去っていった。仲間は狐につままれたような顔で、その後姿を眺めるばかりだった。
翌日。仁は泰山高校の正門近くで勇を待ち伏せした。そんな仁を物影から覗く加藤。
(神山め。あのヤンキーに目ぇつけられたのが、テメェの最期だ。)
先日仁が人探しをしていた理由を加藤は、"神山"をシメるためだと思い込んでいた。"神山"くらいと簡単に考えていた加藤だったが、蓋を開けてみれば昨日の体たらくである。そのためあの喧嘩の後、仁に連絡を入れたのだ。見つけたと言って2人をひき会わせれば、仁は"神山"をシメるだろう。それを自身の復讐とするつもりだったのだ。
しかし人探し中であるはずの仁はというと、登校中の者の顔を一人一人見てはいるようだが、時々大あくびをしたりと緊張感がまるで感じられない。そんな仁の前に、登校途中の勇が通りかかる。同じ制服を着た者だけの人波の中に1人違う服を着た大男が目立たないわけはなく、勇もすぐに気付いた。
「何だよ〜。お前、学校辞めたんじゃなかったっけ?」
仁は、自分と同じ"退学組"だったはずの勇の制服姿に対して沸いた疑問を素直に訊く。しかし勇には軽くいなされてしまった。
「声がでかい。」
「あ…悪りぃ、悪りぃ。学校前だもんな。」
勇は、親友にまで自分の正体を隠す必要はないと、普段通りに接する。そんな勇の胸元に付いている名札に"神山秀"と書かれていることに、仁は気が付いた。
「あれ?名前違くね?」
「ワケは今度話す。で、何の用だ?10分以内に済ませろ。学校始まる。」
「いや、やめとくわ。カタギになった奴にゃ余計な話だし。」
泰山高校にいる"3人組"と呼ばれる不良達との決戦。仁が勇のことを探していた理由はそれだった。仁はその"3人組"の詳細をまだ知らずにいたが、実はその3人とは"早乙女零"、"右山道夫"、"佐川正夫"の3人だった。特に早乙女は、"毒鼓"との対戦を熱望していた。
決戦の相手として"毒鼓"がいること。早乙女はこの決戦の仲介役に、絶対条件としてこのことを提示した。そこで仁は"毒鼓"こと神山勇を探していたが、当の本人は双子の兄の復讐のために携帯まで解約する徹底ぶりだったため、連絡がつかなかったのだ。
やっとメンツが揃った、と言いたいところだった仁だが、今朝ここでようやく再開できた"毒鼓"は制服を着て学校に通っていた。苦楽を共にした不良仲間が心を入れ替え(仁にはそう見えた)、学校に通っている。勇のそんな姿を見た仁は、心底喜んでいた。無論、こんな喧嘩沙汰で親友の勉学の邪魔をするわけにはいかない。
詳しい事情は分からずとも、そんな親友の心遣いを肌で感じた勇の表情も自然とほころぶ。
「まあ無事でなにより。俺らのことは気にすんな。」
仁は、勇が自分達のことに気を遣わないよう、改めて念押しした。そんな2人のやりとりを不思議そうに観察する加藤。
(なんだ?いやに親密そうじゃねぇか。あの2人の関係は一体…。)
「じゃ行くわ。せいぜい頑張れよー。」
軽く挨拶をし、その場を去ろうとした仁を、今度は勇が呼び止める。
「当分は俺とお前は他人だ。何かあったら連絡する。」
「オッケー。いつでもどうぞ。」
今度は勇の方が、仁に念押しした。自分の私的な復讐のために親友を巻き込むわけにはいかない。勇のそんな気遣いを察して、仁も笑顔で去っていった。
(絶対何かがある。報告しねぇと…。)
親密そうな2人のやりとりの一部始終を見ていた加藤は、早速会長である早乙女に報告しようとした。が、その時、何者かが加藤の手首を強く掴んだ。何事かとそちらを見る加藤だったが、倉田がもう一方の手で見せてきたものを見て、加藤は固まった。
(警…察…!?)
「ちょっと一緒に来てもらおうか。」
一年前、秀の死を知る者はいなかった。同日の父親の死も相まって、病院に搬送された秀がその後死んだとは、誰も思わなかったのだろう。
(山崎…お前は見届けてやる。すまなかった。)
教室に入った勇は心の中で呟くと、山崎が使っていた机の上に一輪の菊の花をそっと置いた。その途端に勇の頭めがけて靴が飛んできた。南原だ。
「拾え。」
相も変わらず高圧的な物言いだ。しかし素直に拾う勇に南原は、それで花を潰すよう命令した。いくらパシリを装っている勇でも、さすがにこれには従えない。
「友達が死んだんだ。これぐらい、いいじゃないか。」
「口の聞き方にゃ気を付けろ。誰が友達だ。」
南原の非道な言葉に、勇の堪忍袋の緒が切れた。
「色んな奴見てきたが、お前みたいなクソは初めてだ。」