復讐の毒鼓 第7話
「おっせーな…。」
「殺すつもりかよ。」
教室では、内村の教育ショーを見そびれた南原たちがまだ名残惜しんでいる。そんな折、教室に戻ってた山崎の姿が加藤の目に映った。
「おい、山崎!」
「は…はい。」
「どこ行ってた。」
「え…と…ちょ…ちょっとトイレに…。」
教室へ戻るタイミングが少し変である。加藤は訝しげに山崎を睨みつけた。
「焼却炉の用途は?」
「お前、本当に覚えてないのか?」
焼却炉裏で勇は、内村にこの学校の内情を根掘り葉掘り訊いていた。一年前の事件で記憶を失くした体を装って。覚えていないという勇に、内村が正直に答える。
「"ナンバーズ"の2年がタバコを吸う場所。」
「ここ(焼却炉裏)は?」
「2年がパンピー(一般生徒)を教育するところ。」
つまり、今しがた勇がされたやつだ。し損ねたが。そして、ここまでの内村の話には2年生しか出てきていない。
「1年と3年は?」
「1年にゃ許されてることなんか、何もねぇ。」
「3年は?」
「3年は屋上。」
やはり次々と出てくる。屋上はまだチェックできていない。内村によると屋上は3年だけが使用可能で、2年が使うには副会長の承諾が要るらしかった。
「副会長?」
「3年9組の右山道夫。」
上層部の名前が、とりあえず一人チェックできた。だが、敵全体の人数の把握も必要だ。さらに聞き出せたのは、
・不良は1クラスに2〜3人。1学年15クラス×3学年分で、合計90〜120人。
・クラスごとに"見張り"が1人はいる。つまり上に筒抜け。
・会長の親衛隊が20人で構成されており、本当に強いのはそいつら。
こんなところだった。勇は始業の時間もあったため、とりあえず情報収集を締めた。
「とにかく俺は、当分の間パシリでいる。他言したら…分かってるな?」
内村には念入りにクギを刺しておく。
不意に加藤の携帯が鳴った。何気なく確認する加藤だったが、画面を見た途端に見る見る眉根が吊り上がっていった。
山崎が机の上に広げている教科書に、人型の影がさす。ギョッとして振り返ると、鬼のような形相をして加藤が立っていた。
「おい、パシリのくせにいっちょ前にやってくれんじゃねぇか。」
「な…何のことですか?」
シラを切ってみせるも、加藤は聞く耳を持たない。先程鳴った携帯は、江上のクラスメイトからの、山崎の行動を知らせるメールだったのだ。
「今日がテメェの命日だ。棺桶の前で泣き叫ぶ親のツラを拝んでやる。」
山崎の顔が見る間に青ざめ、全身が震え出す。横で南原が喚いている。皆に携帯をしまうように命令していた。動画のような証拠を残させないためだ。つまり、それ相当の仕置きが待っているということ。いつものように少し小突かれ、なじられる程度では済まないだろう。加藤はドスの効いた低い声で、山崎に立つよう命じた。
山崎を黒板の前に立たせると、加藤は思いっ切り助走をつけ、山崎の顔を蹴りつけた。と同時に叫んだ。
「前と後ろカギ閉めろ!」
教室を閉め切ると加藤は、持っている棒で山崎の頭を小突きながら言った。
「おい犬。犬の殺し方見せてやるよ。」
「吠えてみろ。ワンワン!ほら!」
歪んだ笑顔で南原が囃し立てる。
焼却炉での用事を済ませ教室へ向かう勇は、内村に耳を引っ張られていた。校舎の階段を昇っていると、何やら廊下が騒がしい。
「2組で虐殺だー!」
「虐殺だ!虐殺だよ!」
皆しきりにそう言っている。
「ちょっと離せ。」
野次馬どもは2組と言っている。状況を把握する必要を感じ、勇は一旦耳から手を離させた。
加藤は左拳を何度も山崎に叩きつけた。堪らず手で顔を覆って身を守ろうとする山崎。しかし、それでも顔面全体を覆うことはできない。加藤は次に、空いているアゴを右拳で思い切り殴った。山崎が崩れ落ちるも、加藤の暴力は止まない。今度はその顔を蹴っ飛ばした。
「ダウーン!加藤選手お見事!ダウンを奪いました!」
無抵抗な者を一方的に殴っておきながら、ボクシング中継の解説者のようなセリフを吐く。加藤は楽しんでいた。顔中血まみれでへたり込む山崎に、今度は南原が詰め寄る。
「おら、寝てんじゃねぇ。まだこっからだろ。」
勇は内村に、事の顛末を聞き出すように言った。
「どうした?」
「あのデブがこっそり3年の女子に会ったらしい。」
内村に訊かれ、そう答える生徒の言葉を聞いて勇はハッとした。先刻焼却炉裏に江上が来たのは、そういう事だったのか…。