復讐の毒鼓 第6話
加藤と南原が、焼却炉に向かって歩いている。内村の勇に対する"教育"を見物するためだ。しかし、周辺に二人の姿が見当たらない。
「あなたたち!」
突如、女の声が二人を呼び止めた。
「はい?」
「こんなところで何やってるの?授業始まるわよ。」
「あ…それは…。」
毅然として立ち向かう江上の圧力に、加藤の返事がしどろもどろになる。江上はさらに畳み掛けた。
「タバコ吸いに来たんでしょ。先生に言うわよ?」
二人はバツが悪そうに顔を見合わせた。上級生の女子生徒が相手というのは、全く具合が良くない。加藤は舌打ちをしながら、南原を引き連れて教室へ戻っていった。
「あなたも戻っていいよ。」
江上は、物影に隠れていた山崎にも声を掛けた。山崎もそそくさと教室へ戻っていく。
それにしても見る限り、この辺りには勇や内村の姿がない。とすると焼却炉の裏か、と思った江上だが、どうも気が進まない。そこは昼間でもあまり日が当たらないため、薄暗い。加えて、ただでさえ人通りの殆どない焼却炉の、さらに裏である。暗さと相まって薄気味が悪いそんな所に好き好んで入っていく生徒を、江上はこの2年以上一人も見たことがない。
江上は、悪名高い心霊スポットに足を踏み入れるような気持ちで裏を覗いてみた。が、ここにも誰もいない。少し奥に物置小屋があるだけである。
「誰もいない…?」
江上は恐る恐る、誰を呼ぶともなくただ声を掛けてみたが、やはり反応は無い。物置小屋を疑ってはみたものの、やはりどうしてもあの薄気味の悪い空間に足を運ぶのは気が引けた。山崎が嘘をついているとは考えにくい。この周辺にはいるはず。江上は勇気を振り絞り、気味の悪い小屋へと近付いていった。
「シュウ…?そこにいるの?」
怖々声を掛けてみるも、やはり反応は無く、物音すらしない。
「いないみたいね。ま、いっか!戻ろ!」
江上は恐怖心を振り払うようにそう言うと、その場を立ち去った。その様子を、小屋の入口の裏で息をひそめながら見届ける勇。今のこの姿を江上に見せるのは、まだ早いと判断したのだ。
(こいつを使う…。)
勇の視線の先では、内村がぐったりと座らされていた。
「まだ来てねぇの?あいつ楽しんでんじゃね?」
「かもな。相手は先輩なのによ。」
教室では加藤と南原が楽しげだ。
「くくく。見たかったなぁ、教育ショー。」
何度も頬を叩かれる感覚で、内村は目を覚ました。まだぼんやりとしていたが、視界にかかる霞が次第に晴れていくと、内村は眼前の光景に目を疑った。先程は下ろしてあった髪が、今は一つにまとめ、縛ってある。何より、咥え煙草で睨みつけるこの威圧感。今、目の前にいる男は神山秀、のはず…。
内村が憎悪の眼差しを勇へ向けたとたん、勇は内村の前髪を引っ掴んで抑えつけた。
「お前のポケットから一本貰った。」
吸っていた煙草は内村のものだった。
「て…テメェ…殺されてぇか。」
「お前がな。」
勇は、内村には屈服以外に選択肢が無い事を暗に伝えると、さらに続けた。
「スパイだ。」
「ス…スパイ?」
内村はわけも分からず、勇の言葉を復唱する。
「これからお前はスパイだ。俺の知りたい情報を探ってこい。」
「何だと!?俺がそんなこ…」
拒否しようとした瞬間、勇の足が内村の頬を掠め、その後ろにある壁を蹴った。
「断ったら殺す。」
脅しである。だが内村も、簡単には引き下がらない。自分がこの事をバラせば、学校中の不良にリンチされると脅し返す。だが勇が放った次の一言が、内村のこの望みを断ち切った。
「ではバレたらお前がチクったことになるな。その時は、他はともかくお前だけは必ず殺す。いいな?」
「…ちくしょう…。」
とてつもない無力感が全身を灼き尽くす。内村は絶望の淵で、そう吐き捨てることしかできなかった。