復讐の毒鼓 第3話
勇が加藤の給食を取りに行っている間も、山崎はやられ放題だった。果ては反省と称し、食堂の隅でひざまづかされ、両手を挙げたままでいる。晒し者である。食堂にいる生徒達は皆、軽蔑や憐れみの視線を向けていた。
秀が通っていた高校は男女共学だが、校舎は別だ。学食と部活を除けば、女子と顔を合わせることは殆どない。だから尚更、女子の前での罰はさらに屈辱感を増す。
「次から味噌汁は持ってくんな。」
勇から食事を受け取った加藤の第一声である。何様のつもりだろうと思っていると、横からすかさず南原の怒鳴り声だ。
「返事は!?」
「わ…分かったよ…。」
昼休みは、1人の犠牲者が出たのを除き、だいたいこんな感じのようである。
食事が終わると、生徒達は校庭でサッカーをやり始めた。勇は山崎と校庭の隅に腰を下ろし、その様子を眺めた。山崎の足元へボールが転がってくると、当たり前のように命令する声が聞こえる。
「おい、パシリ!ボールよこせ!」
「驚いた?」
山崎は黙ってボールを投げ返すと、勇にそう訊いた。
「か…神山君もそのうち…慣れるよ。今日は初日だからこの程度だけど…。」
そう…と返す勇に、山崎はさらに続ける。
「それと…担任の授業以外は僕の隣の席に座ってね。」
「えっ?」
どういうことだろうと訊き返すと、山崎は無気力に言った。
「君の席は彼らの所有物なんだ…。」
暫く言葉が出なかった。二人は無言で、校庭で行われているサッカーを眺める。
不意に山崎が沈黙を破った。
「ぼ…僕…情けないよね。」
「いや、僕も同じさ。」
精一杯のフォローの言葉すら、何の励ましにもならない事を、勇も分かっていた。恰幅がいい体格の山崎の、大きいはずの背中が、驚く程小さく、丸く、萎んで見えた。
勇は、今はまだ大人しくしている自分が反撃を始めた時の、未だ見ぬ復讐相手の反応を想像し、その拳を固く握り締めた。
「奴らがどう出てくるか…楽しみだ。」
下校の時山崎は、自分が別のパシリになったことを勇に話した。
「ゲームパシリになったの?」
「うん。レベルアップさせて、アイテム揃えるんだ。」
「お金は?」
「自腹だよ。でも有料ゲームでむしろ良かったよ。無料ゲームは課金アイテムがあるから、もっと大変なんだ。」
正直、カツアゲと大して変わらない。
「勉強する時間がないんじゃない?」
「しょうがないよ。パシリだもん…。」
山崎は、勇の問いに力無く答えた。無力感…。パシリは次第に無力感に押し潰され、抵抗する理由さえ見失う…。
その時、女子生徒が勇(秀)を呼ぶ声がした。
「シュウ!」
勇は、見覚えがあるはずもないその女子生徒が誰だろうと思案していた矢先、なんと、いきなり抱きついてきた。
「キャーッ!復帰したって本当だったんだ!もう大丈夫なの?」
青天の霹靂。少しニュアンスが違う気もしたが、今の勇はこの言葉に負けないくらいの衝撃を受けていた。
(秀の彼女?あのクソマジメが、いつの間に…)
名札には、『江上百々』と書かれている。3年生。つまりは、秀(勇)と同級生だ。
「何よ。嬉しくないの?」
あまりに唐突な出来事に泡を食っていた勇に、江上が膨れっ面で言う。
「い…いや…。」
慌てて否定しながらもチェックは欠かさない。秀と親しかった者なら、何らかの情報を仕入れられるかも知れない。
「ふふっ、まあいいってことよ!明日から部活に顔出してね。」
「あ…ああ。」
部活?生返事をしてはみたものの、そもそも秀が何部に入っていたかを勇は知らなかった。
「元気出して!私はいつもシュウの味方だから。」
そう言われながらも、勉強一筋でクソ真面目な男だと思っていた秀に彼女がいたことに驚きを隠せなかった。
勇は自宅に戻ると、今日仕入れた情報を整理しながら自室の壁に油性ペンで書き始めた。
Day 1
2組 :加藤圭、内村清隆、南原光良
3組 :近江清十郎→加藤と親密
3年の江上百々は好意的
山崎哲郎 :パシリ
焼却炉&裏庭 :チェック済み 屋上 :未チェック
秀への手掛かりは…まだ揃わず。
翌日。加藤は教室で、パシリ達に各々の成果を報告させていた。
「おい!天気!」
「今日は晴れ時々雨、最低気温22度、最高気温28度。午後からにわか雨の恐れあり。傘を用意した方がいいでしょう。」
天気のパシリらしき生徒が加藤の元へ駆け寄り、お天気キャスターばりの天気予報を報告する。加藤はそれを無言で聞いたあと、ゲームパシリを呼んだ。山崎だ。
「魔法使いは3レベルアップして、57レベル。武器はレアアイテムに交換済み。戦士は最高レベル達成しました。」
健気に報告をする山崎に、加藤は追い討ちをかける。
「レジェンドアイテムは?」
「なかなか出てこなくて…。」
「言い訳してんじゃねぇよ。」
加藤は足で山崎の腹を小突いた。謝罪を強要し、素直に謝る山崎に、加藤はなおも追い討ちをかける。
「ナメたことしてっとてめぇの母ちゃん娼婦にすんぞ。」
山崎は親をなじられても抵抗できずにいた。抵抗などしようものなら、どんな目に遭うやら…。そんなやり取りを側で聞いていた勇は、腹わたが煮えくり返る想いを拳を固く握り締め、堪えていた。
(中学を辞めて不良やってきた俺でも、同級生に敬語を使わせたり親をネタにしたりはしなかった…!)
「何やってんだ、おい給食!」
勇が、ドス黒いものが身体中をドロドロと巡っていくような、極めて不快な感覚を味わっていると、不意に加藤の声が聞こえた。怒りのあまり呼び掛けに気付かなかったが、何度も呼ばれたようだ。早く行って報告するようにと、山崎が怯えた表情で訴えている。
「何?」
勇は無意識に睨みつけていた。すかさず内村と南原が立ち上がる。鬼の形相で勇に詰め寄る二人。勇も二人を睨みつけた。