漫画『復讐の毒鼓』 ネタバレ小説ブログ

マンガ「復讐の毒鼓」のネタバレを、小説という形でご紹介させていただいているブログです。

復讐の毒鼓 第2話

 空いている席を探し歩く勇の足元に、足を伸ばす男がいた。人前で恥をかかせる、典型的な手だ。

(古い手だ…)

と思いつつ、勇は派手にコケて見せた。

「おっと〜。」

 勇が転ぶ大きな音と共に教室中に沸き起こる嘲笑。散らかった教科書などを拾い集める。ノートを拾おうとすると、そのノートを踏みつける男がいた。見ると、先程勇の足元に足を伸ばしたてきた男だ。

「そ…それ…僕のノート…。」

 いじめられっ子らしく精一杯控え目に訴えてみせると、男は耳を疑うような言葉を返してきた。

「謝れ。」

「え…えっ?」

 勇が困惑していると、男はさらにノートを踏みつけた。

「できねぇってのか?」

「ご…ごめん…。」

「気持ちがこもってねぇな。床に頭擦りつけて土下座だろ?」

 勇は、自分がしてきた事と比べてあまりに低レベルな事を恥ずかしげもなくしてくるこの男に、心底反吐が出る想いだった。だがそんな想いを巡らせたところで理不尽な土下座の強要は止まらない。

「なにボサッとしてんだよ。」

「う…うん、やるよ、やる。ご…ごめん。」

 そうせざるを得ない空気を読んで土下座をすると、勇を中心に人集りができた。皆、見下して嗤うばかりだ。

「わかりゃいいんだよ。」

 乱暴に返されたノートを受け取りながら、勇はノートを踏んだ男の名札を見た。

 

 南原 光良

 

 内村とこの南原は、復学したそばから自分に接触してきた事からすると、新人などの教育担当。ということは、クラス番長は他にいる、と勇は分析した。

 

 教室の窓から下を覗くと、赤茶けたレンガ造りのゴミ焼却炉付近で4人くらいの不良が煙草をふかしながらたむろっているのが見える。休み時間の不良のたまり場のようだが、生活指導の姿が見えない。暗黙のルールだろうか、と思案していた勇は、すぐそばに人の気配を感じた。こんなに近寄られるまで気付かなかった経験がない勇に一瞬緊張が走った…が、取り越し苦労だったか。そばにいたのは山崎だった。この男は存在感が薄いせいか、気配がない。しかし勇に用事があるようだ。

「ちょ…ちょっといい?」

「うん、どうしたの?」

 山崎は申し訳なさそうに続けた。

「つ…通達があって…」

 山崎は、勇が今日から給食パシリになったことを告げた。山崎によると、この学校には色々なパシリがあるという。昼休みになると同時に食堂に駆けつけ、クラス番長の給食を用意、後片付けする「給食パシリ」。席を替えさせられる「席パシリ」。先程勇がやられたものだ。「ゲームパシリ」。これは、ゲームのレベルアップが仕事。パソコンが必要で課金もさせられ、自分の勉強をする時間がなくなる。「拳闘士パシリ」。指名された者同士、本気で戦わされる。闘犬や奴隷になったかのような惨めな気分になる。「Wi-Fiパシリ」。データ無制限の者がテザリングを強要される。「宿題パシリ」。不良の宿題代行。カネを上納する「金パシリ」。荷物を代わりに持つ「荷物パシリ」。教科書を忘れた不良に自分のを貸したり他のクラスから借りてくる「教科書パシリ」。

パシリ、パシリ、パシリ・・・・・・。

「給食パシリ?何それ?」

「ぼ…僕の担当だったんだけどね。昼休みに引き継ぎするよ。言われた通りにやればいいんだ。」

 勇の問いに山崎が答える。

 昼休みの鐘がなった。

「か…神山君、急いで!」

 山崎に急かされるまま、勇はついて廊下を走った。途中、食堂の場所を訊くと、地下1階にあるらしい。他にも同じ方向に走っている生徒が何人かいる。他所のクラスの給食パシリなのだろう。

「クラス別で配給されるんじゃないの?」

 勇は頭に浮かんだ単純な問いを投げかけると、この学校は早いもの順と山崎が答えた。

(秀…毎日こんなことを…?)

 この上なく惨めな気分を味わいながらも勇は、これでクラス番長が誰か判る、と考えていた。

 山崎は殆ど手元を見ることなく食器を取っていく。無駄がとことん排除された流れ作業的なその動きは、クラス番長からの暴力から身を守るための自己防衛手段であることが、痛い程伝わってくる。しかし勇は、スピードを重視するあまり前をよく見ていない山崎の前に一人立っているのを見つけた。危ない、と呼びかける間もなく、その人に山崎はぶつかった。

「加藤のパシリか?」

 恐る恐る謝る山崎に対しその男は穏やかにそう言うと、それ以上何を言うでもなくその場を後にした。勇は山崎の安否を気遣いつつ、今の男について尋ねる。こちらの不注意でぶつかったにも関わらず、咎めるそぶりすらないのも不思議だった。

「近江清十郎。3組の番長だよ。」

 山崎はそう答えた。またその男はうちのクラス番長と仲が良く、他のクラスには手出ししないと続けた。

(ヤクザにでもなったつもりか。)

 勇が一人、胸糞の悪い想いを噛み締めていると、山崎が言った。

「加藤さんのプレート、新しいのに取り替えないと。」

「加藤?」

「うん、うちの番長、加藤圭。」

 どうやらこのクラスの番長は、加藤というらしい。もう少し話を訊こうと思ったその時、山崎の顔が強張った。

「まだ並んでんのか?」

 先程の内村や南原を引き連れて来たその男に山崎がおずおずと頭を下げるそばで、勇はこの男の事もチェックした。加藤圭。自分が教室で復学のあいさつをした時、不敵な笑みを浮かべていた男だ。

「給パ卒業で気ィ抜いたか?」

「そ…そういうわけじゃ…。」

 しかし加藤はさらに責め立てる。

「着いたらすぐに食えるようにしとけっつったろ。」

 謝る山崎を容赦なく殴り倒す。続く暴力から身を守ろうと、反射的に顔の前に手を挙げた山崎だったが、内村から腕を下ろすよう脅されると逆らえず、腕を下ろさざるを得ない。内村は、そうして晒された山崎の顔を踏みつけた。

「おい。」

 加藤は唐突に勇を呼んだ。山崎を暴行する内村を睨んでいたのは、バレていない。

「俺の給食カード拾え。」

 はい、と素直に拾って渡す勇に、慌てて南原が指示をした。

「ば…馬鹿!お前が給食もらってくんだよ!」

 加藤の給食を取りながらも、勇は分析を続けていた。

(2組を動かしているのはあの3人。3組と2組の番長は親しい。)

 チェック…。

 

 

復讐の毒鼓 1 (ヒューコミックス)

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