復讐の毒鼓 第47話
「先輩…コイツは裏切り者じゃ…。」
五十嵐が連れてきた近江の顔を見るなり、抗議の声が上がる。早乙女からの通知を受けたばかりの親衛隊メンバーにとっては当然のことだ。
「いや、勘違いだよ。謹慎中だから静かに処理しようと思って、神山の味方のフリしてただけだ。」
「それを信じろと?」
すかさず五十嵐がフォローを入れるも、やはり風当たりは強い。こういう時は本人の言葉が最も説得力を持つ。五十嵐は近江に釈明を促した。
「清十郎、直接言ってやれ。」
五十嵐に釈明を促された近江は、先程教室に来たときの五十嵐の言葉を頭の中で反芻していた。
「お前が遠藤のことをどう思ってるかは知ってる。もしお前がこっちサイドに戻らないと、遠藤をシメる。」
勿論、遠藤にとってはなんの関係もない。近江は遠藤が女手ひとつで育てられたこと、親衛隊を目指したのは報酬を親の助けにしたかっただけであることを五十嵐に訴えた。しかし五十嵐の返す言葉は無情そのものだった。
「かわいそうなヤツだ。お前は小学校の頃からのマブダチだしな。だからこそ遠藤を狙う。それが早乙女のやり方だ。お前を直接狙うんじゃなくて、お前の大切なものをぶち壊す。そうやって体じゃなくて心をズタズタに傷付けるのが早乙女のやり方だ。なにが大切か考えろ。神山か。遠藤か。」
結局、生殺与奪権を含めた全てを握っているのが早乙女という男なのだ。
「おい、聞いてんのか。」
五十嵐の言葉を反芻する間、近江は暫く黙ってしまっていた。心ここに在らずとはこのことである。催促の声に少々慌てて話し始めると、一同の視線は近江に集中した。
「神山と…俺は…計画があった。」
「計画?」
途中、良心の呵責から言葉を詰まらせたが、一旦話し始めると堰を切ったように言葉が出てきた。
「皆川を先に病院送りにしてから、残りの3人は神山がいっぺんに片付ける予定だったんだ。」
「ひでー言いようだな。」
1人が口を尖らせると、皆川が横から口を挟む。
「いや…やってみたらマジでつえーんだって。」
「3対2で戦う予定だったってことだな?」
「あぁ。だが5対1になるだろう。」
別の男の質問に五十嵐が答えた。"5対1"というキーワードに一同の表情が緩む。既に楽勝ムードの親衛隊メンバー達は、口々に神山潰しの展望を話し始めた。
「3対2のフリしてて近江が急に寝返るってシナリオか。おもしろそうじゃん。」
「そこに倒したと思ってた皆川が現れたら…?」
「ククク、完璧ですね先輩!」
「どんなに神山がケンカが強くても、5対1じゃ勝てっこねーだろ。」
「そりゃあな。5対1だったら話がちげーだろ。」
(俺にとっては遠藤の方が大事だ…。)
親衛隊メンバーの話が盛り上がる傍で、近江の心は良心に揺れていた。だが長い物には巻かれろという言葉があるように、近江は己一人の無力さを理解していた。
(すまない、神山…。俺はお前を裏切る…。)
「そうか。それは好都合だ。」
近江は先程文芸部の部室で話した親衛隊との"3対2の"対戦計画の話を、早速勇に持ちかけた。
「あぁ。あいつらは遠藤と戦った公園で待っている。」
親衛隊3人対勇と近江。3対2だ。だが…。近江にとってあまりに気が重過ぎる計画だが、立場を考えると抗い難い。しかし勇は何を察知したのか、とんでもないことを言い出した。
「わかった。お前は外れてろ。俺がやる。」
「12位から14位まで揃ってるんだぞ。3対1よりは俺も行って3対2でやった方がいいんじゃないのか?」
計画の体裁だけでも整えたかったが、それでも勇は頑なだった。
「いや、いい。どうせ俺がやらなきゃいけないことだし、今回は俺1人で十分だ。今度手伝ってくれ。」
肩を軽く叩いて勇が教室を後にすると、一人残された近江の心の葛藤が始まる。
「オラッ!」
公園で皆川が準備運動がてら木刀で素振りをしていると、横から親衛隊の1人が皆川の体を労った。
「ちょっとはよくなったか?」
「よゆーだ。オレがいたら驚くんだろうな、アイツ。」
「面白くなりそうだな。3対2だと思ってたら近江に裏切られて4対1。それに隠れてたお前まで登場して5対1。」
数から考えれば、圧倒的に優勢である。楽勝ムードの親衛隊メンバー達は、また口々に展望を話し始めた。
「ちょっとケガさせるくらいじゃなくて、殺しちゃってもいー?」
「オレ達で止めといた方が良さそうだな。5対1じゃオレ達が負ける訳ねーし、どれくらいで勘弁してやるかの問題だな。」
「最初はやられてるフリしてみるか?神山の出方見たくね?」
一同顔が緩みっ放しだ。
「自分がマジでつえーって思い込んで調子乗って来るかもな。ククク。」
「神山のテンションが最高潮の時、一気に仕留める!」
「マジでビビるんじゃね?見ものじゃん。やってみるか。」
なんとなく公園の方へ足が向かってしまう近江の元へ、一本の電話が入った。
「もしもし?」
『もしもし、清ちゃん?』
遠藤の母親からだった。
「そろそろ隠れるか。」
皆川の発言を皮切りに、親衛隊メンバー達が戦闘準備に入る。まだ来ない勇に1人がしびれを切らした。
「なんでこねーんだよ。ビビってんのか?」
「おい、あそこ。」
別の男が指した方向から、勇がタバコを吸いながら歩いてきた。もう1人が異変に気付く。
「おい、アイツ1人じゃん。」