復讐の毒鼓 第43話
皆川は上段に木刀を構えた。通常、剣道に於いても上段構えとは攻撃重視の構えである。試合などではない路上の喧嘩で、殺意剥き出しの男がとる上段構えから発せられる圧力は並大抵のものではなかった。しかし勇の顔色は変わらない。
「こんな大通りでやるつもりか。」
思う存分叩きのめしたい勇にとって、目撃者が多数出る大通りでの戦いは少々やりにくかった。だが皆川にとって目撃者など、風景と変わりのないものだった。
「いいだろ、別に。」
意に介さずと言わんばかりに短く吐き捨てると、木刀を振りまわし始めた。
「オルァァッ!」
勇は次々に繰り出される木刀の斬撃を躱しながら、有利に事を運ぶ方法を考えていた。
(頭の弱いヤツ。とりあえず人通りの少ないところに誘導するか、とっとと終わらせるか…。)
「オイ、あそこでやろう。」
そう言って勇が指差す先には、人目につきにくい狭い路地があった。
「なんでわざわざ。」
「その方が思う存分殴れる。」
「ここじゃできねぇってか?」
「あぁ。ザコとは俺もとっとと終わらせたい。」
「ハハ…。ふざけたこと吐かしやがって。よし、じゃあそうするか。」
直情的な性格の皆川は目の前の敵を今、すぐ、叩き潰したかった。
「とでも言うと思ったか!?」
すぐさま勇の脳天目がけて木刀を振り下ろす。勇が時計回りに身を翻して斬撃を躱すと、ちょうど皆川の右側面に移動する形となった。剣の構えは右足を前にして若干半身気味になるため、特に打ち込んだ直後の右側面というのは大きな隙になる。勇はそこから、回転の勢いを乗せた裏拳を皆川の後頭部に叩きつけた。その勢いで前に体が泳いだ皆川を、勇は襟を引っ掴んで止めた。
「おっ…オレが油断してた…。これからちゃんと戦おうぜ…。」
苦し紛れの皆川のセリフに、今度は勇が聞く耳持たない。
「嫌だね。」
そう言って渾身のパンチを2発喰らわすと、皆川の体が宙を舞った。
「ったく…。マジあの野郎どこいんだ。」
皆川を捕まえるように言われた男は、居所が掴めず連絡も取れないことに苛立ちながらまだ探し回っていた。そんな時、路地裏に倒れている皆川の携帯が鳴る。
「ううっ…。うっ、あばらが…!お?もしもし。」
『おいオマエどこいんだ!なんで電話出ねぇんだよ!』
男は溜まりに溜まったストレスをぶつける。
「わりぃ、バイブにしてた。つーかお前ちょっとこっち来い。」
『なんでだよ。』
「骨がどーかなってんだよ。来て支えてくれ。」
屋上でタバコを吸う早乙女の落ち着かない様子に、佐川が声を掛けた。
「どうしたんだ?」
「気になるんで、これから皆川を探そうかと考えてます。」
学期は終わっているから大丈夫だと主張する右山だったが、早乙女はこの謹慎期間中、自身の目立つ行動も極力控えていた。そこへ佐川の携帯が鳴る。皆川を捕まえるよう命令した男からだった。
「かわってください。」
「はい、早乙女さん。重五がやられました。」
皆川に肩を貸して歩きながら、男は電話で話した。
『皆川が?誰にやられたんですか。』
「それが…。神山だそうです。」
これを聞いて早乙女が顔色を変えたことに、佐川達2人も気付いた。通話を終えると早乙女は、水の入ったバケツに吸っていたタバコを投げ入れる。
「病院に行きましょう。」
腹を決めると、早乙女の行動は迅速を極めた。