復讐の毒鼓 第81話
2年生の、無防備かつ満身創痍の男への暴力が始まった。これまで喰らった攻撃は160発。そのダメージで既に限界の勇は、たった一発のパンチで膝をついた。
「たった一発でアレかよ。」
「よえーじゃん。」
リンチは彼らにとって、祭だった。祭りの熱に当てられたナンバーズの男達は、相手が既に限界を越えていることを判断する能力すら失っていた。早乙女が勇を呼び寄せると、1年生達は早乙女が座るためにベンチを自らの上着で拭き始めた。
「オラ、とっとと動けや。」
たった数m先で手招きする早乙女の元へ歩いて行く力すら残っていない勇を、五十嵐が蹴り飛ばす。歩けないなら這って来いと言われれば、その通りにするより他なかった。ようやく辿り着いた勇に、早乙女は再び無慈悲な言葉を浴びせ始める。
「何か勘違いしてるみたいですけど、7時30分まで耐えたら2人とも助けるってゲームじゃないですよ?」
「…。」
「君がこうやって耐えてるだけだと、2人ともおしまいだ…。君のせいでね。だからとっとと1人を選んだらどうですか?」
早乙女は目の前で蹲る勇の頭に、吸っているタバコの灰を落としながら続ける。
「まったく…。無駄ですよ、必死に頭を働かせても。自宅の壁にもなんだか色々書いてましたね。肩を痛めたフリもしてみたり。君なりに精一杯知恵を絞ってみたのかも知れませんけど。どうですか?ここまできた感想は。君の作戦も計画も無駄だったってことが分かりましたか?下らない正義感振りかざして、得たものどころか破滅寸前だ。これで分かりましたか?怒りも、復讐も、正義も…。」
悔しさのあまり、砕けんばかりに奥歯を食いしばる勇を、早乙女はさらに蹂躙し続けた。
「勝ち組の権利なんだよ。」
「…!」
「負け犬のくせに正義?復讐?笑わせてくれますね。お陰で他人まで危険に晒して。私を倒そうとした?社会も同じですよ。負け犬達がデモや被害者の会などと言って集まってみても、何の意味もない。ただ弱い者同士、傷を舐め合うだけ。周りには自分の味方しかいないから、それが現実だと錯覚してしまう。それで結局は負けるんだ。」
「…。」
「君もそうだったことでしょう。親衛隊を下から1人ずつ倒して、もしかしたら本当に出来るかも、そんな夢を見ていたはずです。そろそろ元いた場所に戻る時ですよ。負け犬の犬小屋にね。」
徹底的に蹂躙するその決め台詞と共に、早乙女は吸っていたタバコを勇の頭で揉み消した。
「先輩…あそこ…。」
「ん?なんだ?」
焼却倉庫の前で携帯を見て時間を潰す四宮の前に現れた1人の男が、出し抜けに尋ねた。
「江上さん、ここにいる?」
「なんだテメーは。」
不意に現れた愛の質問に、一同が殺気立つ。その様子に、愛は安堵の吐息を漏らした。
「ふぅ…よかった。その様子だとここにいるみたいだ。」
「あ?なんだテメー。」
殺気を孕む四宮の問いに、愛は穏やかな笑顔で答えた。
「江上さんを取り戻しに来た。」
「んだと…?オイ!何してんだ。とっとと行け!」
「はい。」
四宮にけしかけられた手下達の手には、禍々しく光るナイフが携えられている。しかしそれを見てなお表情の変わらない愛が穏やかに言った。
「ソレ、置いた方がいいよ。怪我するから。」
「なに言ってんだ?怪我させる為に持ってんだよ!バーカ!」
そう言ってナイフを振りかざす手下の手に、愛の拳が突き刺さる。
「え…?」
一瞬の出来事だった。ナイフを持つ手に拳を刺した愛の手は、瞬く間にそのナイフを奪っていた。そのナイフの刃を丁寧に柄にしまいながら、愛の得意の挑発が始まった。
「危ないからしまっとくよ。どんなにクソでも、家に帰ったら誰かの大切な息子だもんね。あ、それから僕、本当は弱いヤツには先に攻撃しないんだけど、今は時間ないからごめんね。」
「コイツ…!ふざけやがって!」
手下達が一斉に飛びかかる。だか愛の俊敏な動きについて来られる者は一人もいなかった。先程奪ったナイフの柄で目の前の男の喉を突く。後ろの者には肘打ち。そのまま正面の男の顔面に強烈なパンチ…。一切の無駄がない愛の動きを前に、四宮の手下達は瞬く間に全滅した。
「俺の前で調子乗ったこと、一生後悔させてやるよ。」
「へー、そう?」
愛の尋常ならざる強さを目の当たりにしてかつてない程の殺意を漲らせる四宮を前に、愛は穏やかな笑顔を崩さない。