復讐の毒鼓 第64話
2人の前に立ちはだかる仁に、十文字がすぐさま絡む。
「どこの誰だか知らねーが、ケガする前にどっか行けや。」
「ヤダって言ったら?」
「雑魚のクセにナメた口利きやがって。」
「やめとけ。相手にすんな。戻るぞ。」
「オメーはムカつかねーのかよ。」
荒ぶる十文字を九谷が宥めたが、既に十文字の頭にはすっかり血が上っていた。
「なんかあったらそのまま戻れって会長が言ってたろ。」
「ヘタレが…。そんなんいちいち守ってられっかよ!?」
いきなり殴りかかる。
バキッ!
「調子乗ってっからだ。」
全力のパンチが顔面に入った。手応えあり。十文字は自分の勝ちを確信していた。今殴った目の前の男の様子を見るまでは。
「あん?」
(俺に殴られたのにビクともしてない…?)
殴られた勢いで顔こそ横を向く仁だったが、ヨロけるどころか先程からの仁王立ちの体勢すら全く崩れていない。
「んじゃ今度は俺っちの番だな?」
ドゴォッ!
言うや否や、十文字の顔に仁のパンチが叩きつけられると呆気なく吹っ飛んだ。
「クッ…。」
立ち上がろうと十文字が手をついた地面には、自身の鼻やら口から出た大量の血が滴り落ちた。
「勇の彼女守りに行ったんじゃない?たぶん。仁さ、昔彼女が事故してからやけに心配性だから。」
仁がまだ高校にいた頃、高校レスリング界のスーパールーキーだった仁には彼女がいた。仁は試合が終わった後に彼女と会う予定だったのだが、試合後の挨拶などで目を離した隙に同じ高校の不良グループに強姦されてしまったのだ。仁はその不良達に壮絶な鉄拳制裁を加えたことで高校を追われ、強姦事件が原因で鬱病を患った彼女とも別れざるを得なかった。それ以来荒れ放題に荒れ狂った仁を、勇と愛がやり切れない想いで見守る時期が暫くの間続いたのだ。
目の届かないところで夜に1人、女の子が出歩いている。当時の胸のムカつく感覚がフラッシュバックする。
「そうか…。分かった、行ってみるか。」
「アンタも来るなら来いよ。」
十文字を殴り倒した仁は、やる気満々で九谷を挑発した。連れがやられた九谷にもスイッチが入る。
「言っておくが、俺はお前と一戦交えるつもりはなかった。後悔するなよ。」
「ワーオ。」
殺意剥き出しの九谷を前に余裕の仁の態度が、さらに火に油を注いだ。
「自分の立場も知らねーでフザケてるヤツには、立場分からせてやらないとな。」
「そりゃーありがてぇなぁ!」
相変わらず余裕で仁王立ちの仁の前で、九谷が構えをとる。
「ちょっと待て、九谷!」
「あ?」
仁のパンチに倒れていた十文字が、やっとの思いで立ち上がる。
「まだお前の番じゃねぇ。俺が終わらせる。」
「まだ居たのー?コイツ等がよそ見してる間にはやく逃げてよ。とりあえず人質にされない様に俺っちが止めるから。」
親衛隊2人が話す間を歩きながら、仁は恐怖で動けなくなっていた江上に声を掛ける。まるで2人がいないかのような仁のその態度に、十文字の怒りが爆発した。
「このクソが!」
ガシッ!
背後からの十文字のパンチを、今度は手でしっかりと掴む。すぐ目の前で起こっている激しいぶつかり合いに、江上は思わず身をすくめて目を瞑った。
掴まれた十文字の拳は押すことも引くことも、振りほどくこともできない。
(な…なんて力だ…。)
元レスリング全国チャンピオンの握力は凄まじかった。十文字は拳を握り込まれた痛みに成す術なく跪いた。と、そんな仁の顔に足が飛んでくる。九谷の蹴りだ。仁は身を反らして蹴りを躱すと、即座にその足を掴んだ。
「マジでコワいもん見せたげよっか?」
「あ…?テ…テメェ…何者だ…?」
「雷神の時様よー。」
バキバキッ!
質問にさらっと答えると、仁は九谷の足をまるで小枝でも折るかのように軽々とへし折った。
「テンメー!」
足を折られた強烈な痛みに喚きながら倒れる九谷の横から、十文字が殴りかかる。そのパンチに、仁は拳を叩きつけた。力の差は歴然だった。仁は体ごと吹っ飛ばされた十文字の胸倉をすかさず掴むと、力の限り殴りまくった。