復讐の毒鼓 第67話
何処となく趣のある、少し古びた建物の看板には『懐石料理 かつら』とある。この店の入り口から、早乙女は店内へと入っていった。この店の個室の中で一人、手酌をする中年の男がいた。泰山高校の校長だ。校長が神妙な面持ちで今しがた空けた盃をぼんやりと眺めていると、個室の入り口に早乙女が現れた。
「3週間と約束したはずだがね?」
校長は早乙女が席に着くのを待たず、話を切り出す。
「もう2週間が過ぎようとしてます。最近は警察の監視も弱くなり、大丈夫かと。」
「それで?」
「天気予報によると来週は火曜から木曜まで雨の予報ですし、少し早めても大丈夫かと思います。」
「と言うと?また神山を集団でリンチでもするつもりかね?早乙女君、君は一体何を考えているのかねぇ。生徒の分際で教師を利用しようとして…。私だってね、君らの金だって分かってたら受け取らなかったんだよ。」
「ハハ。実に面白い。」
早乙女は手元の盃に口をつけると目の前の『その他』が発した言葉を静かに嗤った。
「面白いだと?」
「今まで尻尾を振って金を受け取ってたクセに、問題が起きそうになるとしらばっくれる姿が滑稽で。」
「なんだと?キサマ!」
「私には!」
逆上する校長を一喝し、話を続ける。
「10歳違いの兄がいます。兄も泰山出身で、高3の時の担任が校長先生だったと聞きました。その時のあだ名がゼニムシ…だったとか。」
「ゼニムシ…?」
生徒が先生を、人を食ったようなあだ名で影で呼ぶことはよくあることだが、この場においては様相が違った。
「ゼニ(銭)を食うムシケラ(虫)ってね。厄介な害虫です。」
早乙女の兄の頃にも、職員室までわざわざ賄賂を届けに行く者が度々いたのだ。
「私がなぜ先生をターゲットにしたか分かりますか?校長だから?いいえ。あなたはお金が大好きだってことを知ってたからです。」
校長は黙って目を伏せた。早乙女は校長のささやかな拒否反応に構わず、さらに続けた。
「お金を好きな人が教頭だったら教頭に、指導部だったら指導部の先生のところに行ってましたよ。」
「…貴様…。」
校長はその顔に怒りの色を滲ませたが、返す言葉が無い。
「ワケもちゃんと聞かぬままずっと受け取られてましたしね。もしあなたが真っ当な教師だったら、はなから私なんかの誘惑に惑わされなかったはずです。」
「ぐっ…。調子に乗りよって!」
「今になって興奮したところで、私からお金を受け取った時点でもう私たちは同じ船に乗ったもの同然です。」
「き…きみはまだ18歳だろう…?どうして…。どうしてそんなに堕落してしまったんだ…。」
先程まで滲ませていた怒りの色は、既に狼狽に変わっていた。
「誰よりもお手本になるべき教師がこんなに堕落してるんですよ。私はあなたの生徒だ。当然の結果じゃないでしょうか?」
口角こそ僅かに上がっている早乙女の表情は、しかしそれは笑顔と呼ぶにはあまりに禍々しいものだった。
「な…何が望みだ…。」
顔一杯に絶望を湛えた校長の問いに早乙女が答える。
「もうすぐ何か問題が起きると思います。去年みたいに揉み消して下されば結構です。先生だって知られたくないでしょうし。」
「問題…?神山を殺しでもするつもりか。」
「まさか。去年も死にかけた神山を病院に運んだのは私ですよ。今回もそれ位にしておくつもりです。」
「あ。」
早乙女が思い出したように付け足した言葉。それは身の毛がよだつほど冷酷なものだった。
「でもまぁ、病院に運ばれてから死ぬのは知ったこっちゃないですけど。」
個室にしばし沈黙が横たわる。あまりに非道な早乙女に、校長は掛ける言葉を失っていた。自分も同じ穴の狢では、諭す言葉などあるはずもない。校長はやっとの思いで沈黙を破った。
「さ…早乙女君。君はまだ若い。確かに真っ当に生きてこなかったのは認めよう…。しかしだね…。君はまだ遅くない。まだ学生なんだ…。いくらでも戻れる…。受け取った金は全部返す…。私が悪かった…。だから君も…。」
既に焦燥し切った校長が自らの罪を認め、諭す言葉も早乙女の耳には届かない。
「ジャンヌダルクが百年戦争でフランス軍を勝利に導いたのは17歳。ビルゲイツがマイクロソフトを設立したのは18歳。聖徳太子が推古天皇の摂政となったのが19歳。」
「…。」
「皆同じ制服を着せては『お前らはまだ子供だ。大人の真似事はやめて子供らしくしろ』などと言われるから、頭の悪い奴らは言われた通り子供みたいにただ生きる。そうでしょう?先生。私はそんな馬鹿共をまとめてます。だからそんなありきたりな言葉には反吐が出るんですよ。」
最早ただただたじろぐことしかできない校長の顔には、幾筋もの冷や汗が伝っていた。
勇と近江が連れ立って来たのは、ありふれた喫茶店。ここが五十嵐が近江に伝えた、ナンバーズを潰すための話し合いの場だった。2人が入ると、一条と共に先に席に着いていた五十嵐が手を挙げた。
「制服はどうした?」
「駅のロッカー。制服着てタバコ吸ってるとめんどいからさ。」
「とりあえず早乙女を潰す計画だ。」
勇と五十嵐が挨拶代わりに軽く言葉を交わすと、一条が指揮を執った。
「わーったよ。とりあえず早乙女を消すには、金魚のフンの佐川と右山から片付けないとな。」
「他の親衛隊はどうしましょう?」
近江の質問にも五十嵐が答える。勇や一条と違い、泰山で過ごしてきた時間が一番長いだけに内情を熟知していた。
「えっと…。二階堂、三鷹、四宮、六田、七尾。9位と10位は神山の仲間にやられたから、今残ってるのはそれ位だ。俺と一条はお前サイドだし。あ、そーだ、神山。」
「なんだ。」
「去年ナンバーズの中にお前の味方してた奴いるだろ。そいつも仲間に入れるのはどうだ。人数が多けりゃ多いほど良いだろ。」
五十嵐は昨年の協力者ではないのか?思い出したように付け足した彼の言葉が、未だ勇にとって謎なところへ手を掛けようとしていた。
復讐の毒鼓 第66話
翌朝。リビングのソファで寝落ちしていた勇の視界の霞が徐々にとれてくると、目の前には信じ難い人物が立っていた。秀だ。それだけではない。その後ろには蒸発したはずの母親が、横には亡くなったはずの父親がいる。秀は優しく微笑みながら、勇に手を差し伸べた。勇は何かに取り憑かれたように、その手に向かってゆっくりと手を伸ばす。だが勇が伸ばしたその手の先には、誰もいなかった。幻だった。
(まだだ…。まだ感情的になっちゃダメだ…。)
勇は今見た幻に、泰山の制服に最初に袖を通した時の誓いを思い出す。
(全てが終わったその時…お前のために泣いてやる。)
「お前に会いたがってる人がいる。」
近江は登校中の勇に声を掛けると、焼却炉へ連れて行った。
「神山!」
先に着いて待っていた五十嵐が声を掛けてくる。
(七尾を止めてたヤツだ。やはりコイツが去年秀の味方をしていたのか…。確認が必要だな。)
「よう神山。お前がナンバーズをぶち壊そうとしてることは、清十郎に聞いたぜ。それで清十郎も早乙女に寝返ったフリしてさ。」
勇の警戒心をよそに、五十嵐が話し始める。勇側の情報は、近江が五十嵐を信頼して流したものだった。
「ぶっちゃけ俺は、お前じゃ早乙女にはどうせ敵わねえし、諦めて欲しかったんだ…。でも七尾とやり合ってるお前のこと見てさ、気が変わったわ。」
「どういうことだ。」
「力を合わせよう。俺が助けてやる。一条も一緒にな。」
「一条ってのは誰だ?」
昨年の秀の事故の後に転校してきたナンバーズの1位であることを、一条のことなど知るはずのない勇に五十嵐が説明する。
「待たせたな。」
話しているうちに焼却炉へやってきた1人の男が、早速自己紹介をした。
「一条元だ。去年群馬から転校してきた。」
「神山秀だ。」
一条と名乗る巨躯の男に、勇は一言名乗ると握手を交わした。
「もうすぐ1限だ。今は挨拶程度にして、放課後にまた会えれば…。どうだ?」
「あぁ。」
「オッケー。んじゃ時間と場所は清十郎に伝えとくわ。」
一条の提案に勇が同意すると、五十嵐も連れ立って教室へ向かおうとした。一旦背を向けた2人を勇が呼び止める。
「待て。もし本当に俺に協力してくれるつもりなら、3年8組の江上百々を守ってくれないか?」
夜のボディガードは仁に任せてあるが、昼間の学校内までは無理だ。
「江上百々?」
「あー、お前のこと好きなコ?」
「校内だけ見ててくれればいい。」
口々に訊き返す2人に依頼すると、一条は快諾した。
「なんかあったのか?」
不機嫌そうな早乙女に佐川が話し掛けると、早乙女は九谷と十文字が入院したことを告げた。
「神山にやられたのか?」
「いえ。」
否定しながら手渡された早乙女の携帯の画面には、昨晩の仁の姿が映っていた。
「ガタイが良くて髪を結ってる…。俺に負けたアイツか?」
「だと思います。…雷藤仁。」
「確か加藤が、神山と雷藤は元々仲が良いって言ってたな。だから神山のこと助けてんのか?俺もギリギリで勝ったからな、あの時…。アイツ等が負けるのも無理ねぇな。」
話しながら手渡された携帯を受け取る早乙女の関心は、仁の強さがどれ位というところにはなかった。
「問題は私の計画通り進んでないことです。戦力が失われました。」
受け取った途端、早乙女の携帯にメッセージがはいった。
[一条元 : 神山に江上を保護してほしいと頼まれて分かったと言った。しばらくの間江上には手を出さないでおこう。]
早乙女の表情が見る見る険しくなっていく。
「もう堪忍袋の緒がキレそうです。私の計画が全て台無しです。何ひとつ思い通りにいってない。」
「…。」
溜まりに溜まった鬱憤に、早乙女は教室にいるにも関わらずタバコを吸い始めた。
「最近の警察の動きはどうですか?」
「最初は1時間に1回パトロールしてたけど、最近はめったに見ねえな。」
「なるほど。では…面談する必要がありそうですね。」
「誰とだ?」
佐川の問いに、早乙女が薄ら笑いを浮かべる。
「決まってるじゃないですか。『その他』ですよ。」
復讐の毒鼓 第65話
十文字の顔が朱く染まる。仁の剛腕から繰り出されるパンチを浴び続けたその顔は、もはや親でも見分けがつくか疑わしいほど酷く腫れ上がっていた。既に気を失っている十文字をまるでゴミでも捨てるかのように地面に放ると、仁は振り返った。その先には足を折られた九谷が蹲っている。仁に胸倉を掴まれると、九谷の顔は恐怖と絶望で見る見る歪んでいった。
ドスッ!バキッ!ダンッ!
目の前に広がる凄惨な光景に、江上は思わず目を瞑って顔を背けた。つい今しがたまで自分を襲おうとしていた男達とはいえ、江上にとってはあまりに酷い有様だった。
「物騒な世の中です。暗くなったら人通りのない道、一人で歩いちゃダメっすよ。」
「は…はい…。」
不意に始まった仁の説教に江上が上擦った声で返事をすると、聞かれてもいないのに自己紹介が始まった。
「勇のダチっス。雷神の仁って呼ばれてますわ。」
「雷神の…仁?」
その聞かれてもいない自己紹介に武勇伝が絡むと、もう手に負えない。
「風神雷神っているじゃないっすか。俺っち苗字が雷藤なんスけど、昔一人で30人位一気に相手したらそんなあだ名がいつの間にかついちゃってて。」
「それ自慢じゃないから、仁。余計なこと言わないでよ?」
「あん?」
嬉々として聞かれもしない武勇伝をのたまう仁に、後ろから愛がクギを刺した。
「喧嘩自慢なんて、僕たちと違って女の子は喜ばないって。」
見ると、勇も一緒に来ている。
「江上、帰れ。気を使ってやれなくて悪かった。」
「え…えぇ…。ど、どうも…。」
江上は恐る恐る仁や勇達に挨拶すると、そそくさとその場を去った。江上が帰ると仁の説教の矛先が勇に向く。
「ろくにオンナと付き合ったこともねーから、分かってねーなぁお前は!」
「は?俺のこと?」
「そうだよ。」
「まぁな…。じゃあ頼み事一つさせてくれ。」
「あん?言ってみ?」
頼み事と聞いた途端、仁の目が分かりやすく輝きだす。
「夜空いてたらしばらく江上のこと見といてくれないか。俺は喧嘩があるし、愛はバイトだし。」
「ボディーガードってことー?」
理由はともかく、早乙女は江上にも狙いを定めている。人質にでも取られては、ひとたまりもない。
「あぁ。今見てたら江上のことにも気を配る必要がありそうだ。」
「五十嵐さん。」
公園のブランコに座る五十嵐に、近江が声を掛けた。
「うーっす、清十郎ー。」
「こんな時間にどうされましたか。」
「はぁ…。早乙女に恥かかされてな…。ボコられたんだよ。本当やってらんねぇ。」
「え?」
寝耳に水の近江に、五十嵐は身の上話を始めた。
「くっだらねー王様ごっこにちょっと付き合ってやったら、俺のこと舐めてたんだろーな。七尾が神山にヤラれんの止めただけで、みんなの前でボコりやがった。」
「あ…。」
「にしても神山のヤツ、マジで強えな。早乙女と張り合えるレベルだぜ、ありゃ。」
「…。」
何が言いたいのだろう。迂闊な事が言えない近江は黙っているしかなかった。五十嵐は俯いたまま近江に訊いた。
「お前さー、神山のこと、どう思う?」
側に立っている近江からは見えない五十嵐の顔は、薄気味の悪い笑みを湛えていた。
「ふぅ…。」
自宅に帰るとようやく武装解除である。勇は一息つくと、例によって仕入れた情報を壁に書き出した。
秀の手帳は何処?
秀に情報を流していた味方は誰?
江上攻撃される。要注意
仁、愛 一緒にやるかも
(なんかモヤモヤする。)
壁書きをしながら勇は、全身を縛りつけられるような鬱屈とした想いについ身を屈めた。
(暴力に暴力で対抗するやり方じゃダメなんだ。それは正しくないから。)
江上から聞いたはずのそのセリフが、秀の声で再生される。そんな事は重々承知だ。そんな生活が間違っていると分かっているからこそ、仁や愛が既にやったように不良からの引退を目指していたことだってあった。だが、その正しい方法とやらが出した結果はどうだ。ただ家族を失うだけの方法が正しいと言えるのか。勇は思い直すと、屈めた身体をスッと伸ばした。
(秀…。お前のほうが間違っているんだ。)
勇は自室の壁を、穴が開くほど睨みつけながら懸命に自分に言い聞かせた。
「あの…何のことか…。自分も神山に他の2年と一緒にやられてますんで…。」
下手な事を言えない近江はとりあえず既成事実を口にした。
「わーってるよ。早乙女にお前のこと伝えたのも俺だしさ。ちゃんと分かってるって。…でもよー、ぶっちゃけお前、神山と組んでたっしょ?」
「…。」
「お前のこと心配になって止めたけど、神山の実力見たら気ぃ変わったわ。お?このレベルだったらいけそうじゃん?ってな。」
沈黙を続ける近江に、五十嵐の(偽装の)ぶっちゃけ話が続く。
「清十郎。前も言ったけど、俺はお前のこと気に入ってんの、知ってるよな?」
「ええ…。」
「今回さ、早乙女にボコられて思ったわ、俺。もし出来るなら…。」
「?」
五十嵐は目の前の空間を鋭く睨みながら、重々しく言い放った。
「ナンバーズも親衛隊も何もかも、ぶっ壊してやりてぇってな。」
「…!」
それは、近江が高校入学前から抱いていた想いだった。自分一人では無理でも、協力者がいれば出来るかも知れない。
「どー?お前から見てイケそー?それともお前はもう完全に早乙女サイドに戻ったの?」
「…。」
何かが近江を踏み留まらせる。あるいはそれは、自信が無いのかも知れない。煮え切らない態度の近江に、五十嵐は一瞥して去ろうとした。
「…あっそ。分かったよ。じゃーな。」
「…あの!」
遠藤の言葉を借りると、中二病をこじらせた想い。近江はその想いを、こじらせたままで通すことを諦めたことは無かった。目の前の信頼できる先輩が声を掛けてくれている。近江はここが腹を括る時だと悟った。その信頼できる先輩は、近江に背を向けたまま極めて気色悪い笑みをその顔に貼り付けている。
「ん?」
「実は…。」
表情を戻して向き直った五十嵐に、近江は恐る恐る話し始めた。
復讐の毒鼓 第64話
2人の前に立ちはだかる仁に、十文字がすぐさま絡む。
「どこの誰だか知らねーが、ケガする前にどっか行けや。」
「ヤダって言ったら?」
「雑魚のクセにナメた口利きやがって。」
「やめとけ。相手にすんな。戻るぞ。」
「オメーはムカつかねーのかよ。」
荒ぶる十文字を九谷が宥めたが、既に十文字の頭にはすっかり血が上っていた。
「なんかあったらそのまま戻れって会長が言ってたろ。」
「ヘタレが…。そんなんいちいち守ってられっかよ!?」
いきなり殴りかかる。
バキッ!
「調子乗ってっからだ。」
全力のパンチが顔面に入った。手応えあり。十文字は自分の勝ちを確信していた。今殴った目の前の男の様子を見るまでは。
「あん?」
(俺に殴られたのにビクともしてない…?)
殴られた勢いで顔こそ横を向く仁だったが、ヨロけるどころか先程からの仁王立ちの体勢すら全く崩れていない。
「んじゃ今度は俺っちの番だな?」
ドゴォッ!
言うや否や、十文字の顔に仁のパンチが叩きつけられると呆気なく吹っ飛んだ。
「クッ…。」
立ち上がろうと十文字が手をついた地面には、自身の鼻やら口から出た大量の血が滴り落ちた。
「勇の彼女守りに行ったんじゃない?たぶん。仁さ、昔彼女が事故してからやけに心配性だから。」
仁がまだ高校にいた頃、高校レスリング界のスーパールーキーだった仁には彼女がいた。仁は試合が終わった後に彼女と会う予定だったのだが、試合後の挨拶などで目を離した隙に同じ高校の不良グループに強姦されてしまったのだ。仁はその不良達に壮絶な鉄拳制裁を加えたことで高校を追われ、強姦事件が原因で鬱病を患った彼女とも別れざるを得なかった。それ以来荒れ放題に荒れ狂った仁を、勇と愛がやり切れない想いで見守る時期が暫くの間続いたのだ。
目の届かないところで夜に1人、女の子が出歩いている。当時の胸のムカつく感覚がフラッシュバックする。
「そうか…。分かった、行ってみるか。」
「アンタも来るなら来いよ。」
十文字を殴り倒した仁は、やる気満々で九谷を挑発した。連れがやられた九谷にもスイッチが入る。
「言っておくが、俺はお前と一戦交えるつもりはなかった。後悔するなよ。」
「ワーオ。」
殺意剥き出しの九谷を前に余裕の仁の態度が、さらに火に油を注いだ。
「自分の立場も知らねーでフザケてるヤツには、立場分からせてやらないとな。」
「そりゃーありがてぇなぁ!」
相変わらず余裕で仁王立ちの仁の前で、九谷が構えをとる。
「ちょっと待て、九谷!」
「あ?」
仁のパンチに倒れていた十文字が、やっとの思いで立ち上がる。
「まだお前の番じゃねぇ。俺が終わらせる。」
「まだ居たのー?コイツ等がよそ見してる間にはやく逃げてよ。とりあえず人質にされない様に俺っちが止めるから。」
親衛隊2人が話す間を歩きながら、仁は恐怖で動けなくなっていた江上に声を掛ける。まるで2人がいないかのような仁のその態度に、十文字の怒りが爆発した。
「このクソが!」
ガシッ!
背後からの十文字のパンチを、今度は手でしっかりと掴む。すぐ目の前で起こっている激しいぶつかり合いに、江上は思わず身をすくめて目を瞑った。
掴まれた十文字の拳は押すことも引くことも、振りほどくこともできない。
(な…なんて力だ…。)
元レスリング全国チャンピオンの握力は凄まじかった。十文字は拳を握り込まれた痛みに成す術なく跪いた。と、そんな仁の顔に足が飛んでくる。九谷の蹴りだ。仁は身を反らして蹴りを躱すと、即座にその足を掴んだ。
「マジでコワいもん見せたげよっか?」
「あ…?テ…テメェ…何者だ…?」
「雷神の時様よー。」
バキバキッ!
質問にさらっと答えると、仁は九谷の足をまるで小枝でも折るかのように軽々とへし折った。
「テンメー!」
足を折られた強烈な痛みに喚きながら倒れる九谷の横から、十文字が殴りかかる。そのパンチに、仁は拳を叩きつけた。力の差は歴然だった。仁は体ごと吹っ飛ばされた十文字の胸倉をすかさず掴むと、力の限り殴りまくった。
復讐の毒鼓 第63話
「ごめんなさい。待った?」
先に入店していた勇を気遣う江上に、早速本題に入るよう促す。
「いや。それより話ってなんだ。」
ちょうどその頃近くの公園に場所を移した内村は南原に事の経緯を説明していたのだが、南原はその話を中々飲み込めずにいた。
「どういうことだよ?」
「ハァ…頭悪りぃなぁ。だーかーら、会長は俺達を仲間割れさせて神山を孤立させようとしてるんだ。」
「なんでだ?」
「さぁな。会長はいつも何考えてるかわかんないし。」
真意がまるで掴めない話に南原は困惑していた。
「じゃあ俺達はどうすりゃいいんだよ。」
「とりあえずは大人しくしてよう。会長が俺達に望んでるのは、決定的なタイミングで神山を裏切ることだ。それまでどうするか考えよう。」
江上は秀がリンチされるに至った経緯について、丁寧に説明した。
「知ってるか分からないけど、早乙女は1年生の時学校のトップになったの。それで、2年の時シュウと同じクラスになったわ。」
「それから?」
「早乙女には誰も逆らえなかったわ。ただ1人を除いてね。」
「…。」
江上は勇の目を真っ直ぐに見たまま、早乙女に唯一逆らった男の名を口にした。
「神山秀。」
秀は定期的なカツアゲに抗議するため、席に座る早乙女の前に立った。早乙女は手元の本から視線を外すこともせずに言った。
「1週間に千円でも多いですか。」
「金額の問題じゃなくて…。こんなの…正しくないと思う。」
ドスッ!
早乙女は突然秀の腹を蹴ると、髪を掴み上げて吐き捨てるように言った。
「調子乗るなよ。お前みたいな奴の扱い方なら慣れてんだよ。死にたくさせてやる。」
こうして秀は、この時からパシリとなった。
「だからってシュウは、一方的に黙ってやられてる訳じゃなかったの。シュウには考えがあった。」
江上によると、秀はいつも手帳を持ち歩いていた。そしてその手帳に、やられたことを日付から内容まで事細かに記録していた。その記録は自身へのいじめの内容のみに留まらず、クラスメイトがいくらカツアゲされたかまで克明に記されていた。
「私も詳しくは知らないけど、シュウはナンバーズの誰かと繋がってたみたい。そこから聞いた情報も含めて、学校に投書するって言い出したの。」
「投書?その他って誰か分かるの?」
「ううん、その他が誰を指しているのかを知っているのは早乙女だけだって。」
「お金を管理してる木下さんなら知ってるかもじゃない?」
「どうだろう…。何も知らずに通帳だけ管理してるみたいだけど…。とにかくそれより…。」
「ううん、大切なことよ。もしその『その他』が先生の中にいるとしたら?あなたは潰されるわ。シュウはうちの学校の教師を信じられる?」
用意周到な江上に対して、秀は意外にも楽観的だった。
「信じなくちゃ。今僕に出来ることは、校内暴力を正当なやり方で無くすことだから。」
「他の方法が思いつかないだけでしょ!」
「ハハ!僕よりすぐに解決してくれるヤツがいるよ。ソイツだったら一発で解決してくれると思う。でも暴力に対して暴力で対抗するやり方じゃダメなんだ。それは正しくないから。」
不思議そうな目で見つめる江上に、秀は穏やかに言った。
「僕は僕のやり方で戦おうとしてるんだ。」
斯くして、秀のリンチ事件は起きた。皮肉にも江上の危惧していた予想が、現実のものとなったのだ。
「その後のことはあなたが見た通りよ。それから1年後、あなたがシュウの姿で現れた。」
「ナンバーズ内に秀の味方がいたのは本当か?」
「えぇ、そう言ってたわ。」
今までの経験上思い当たる節が無い勇が、一人だけ気に掛かる人物を思い出した。
「ひょっとして…背が高くて天パでちょっと老け顔の…?」
「天パ…五十嵐?かしら。」
(あの時喧嘩を止めたアイツが五十嵐…?不良には見えなかった。もしかしたら五十嵐が秀に情報を流していたのか…。)
勇が七尾との喧嘩の時のことに想いを巡らせていると、江上の携帯が鳴った。
「もう!塾サボったの、どうしてママにバレたのかしら?塾行かなくちゃ。」
挨拶もそこそこに、江上は忙しく店から駆け出していった。
額に手を当て考え込む勇の肩を、愛が叩く。
「後ろで聞いてて大体状況は分かったよ。」
「引退式しただろ。後は俺がやる。」
勇はどうしても2人を巻き込みたがらなかったが、事情を知ってしまったからには愛ももう退く気はなかった。
「2人でやった引退式なんて意味ないよ。3人でやらないと。」
友を想う愛の言葉に表情を緩めた勇が、違和感に気付いた。
「仁はどこ行った?」
塾へ向かって歩く江上の肩を、後ろから掴む男がいた。
「だ…誰…?」
「会長がお呼びだ。大人しく来てもらおうか。アンタも殴られて力づくで引っ張って行かれるよりいいだろ。」
そう言いながらタバコに火を点けたのは、親衛隊9位の九谷英夫だった。
「なに…?どうして!?」
「チッ、このアマ!」
「きゃ!」
眼前に迫る恐怖に身を強張らせながら必死に抵抗する江上に、九谷の隣にいる如何にも人相の悪い男が手に掛けようとする。この男は親衛隊10位・十文字猛だった。
「オイオイ、テメーらなーにやってんだ。」
あわや、というところで2人に後ろから声が掛かった。
「野郎2人で女の子取っ捕まえて、恥ずかしくねーのかよ。」
振り返った2人の前に現れたのは仁だった。
復讐の毒鼓 第62話
「話聞いたぜ。俺とお前が組むことになるって。」
五十嵐は、屋上に残った一条とタバコを吸いながら話していた。
「早乙女にやられてる時、ガチで殴られてたな。」
「ハハ。演技はダメだな、アイツは。マジで痛かったぜ。」
早乙女は屋上から戻る途中の廊下で、不意に木下に声を掛けた。
「木下。」
「なに?」
「五十嵐の報酬切らなくていいですよ。」
「え?じゃあ五十嵐も…。」
早乙女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「えぇ。神山狩りの始まりです。」
勇が最近していることについてまだ聞き出そうとする仁だったが、一向に話そうとしない勇の頑なさに勇の"近況について"は半ば諦めかけていた。
「まーそんなに言いたくねーなら仕方ねーけどよー。ただし…。」
「?」
「お前がオンナと会うってのに黙ってるワケにゃいかねーなぁ!紹介しろよ。」
「重要な話があるんだよ。」
「それとも僕たちのこと紹介できない?」
勇はあくまで私的な復讐の手伝いをさせたくないだけだったのだが、あまりに話そうとしないせいで2人の悪ふざけが始まった。
「あー、な。退学んなって必死にもがいてる俺らなんか、オンナの前じゃ恥ずかしいってことかー。」
「制服着てる勇からしたら、僕たちなんてさ、どうせ…。」
愛がガックリと項垂れて見せると、仁も頭を掻きながらひがみ節が止まらない。
「だろうな!偉大な高校生の勇サマからしたら、俺っちなんかバカで喧嘩しか取り柄なくてよー。」
「ハァ…。言っとくけど、俺は中学も卒業出来てないからな。」
「じゃーその泰山の制服なんだよー。」
学歴コンプレックスをひがむ2人に、自身の黒歴史で対抗する。だがそんなことは既に知っているだけに、今の勇の制服姿に対して至極当然な質問をしたのだ。しかしそれでも勇は答えようとはしない。
「そんなことよりちょっと携帯貸してくれ。電話かけるとこがある。」
「オンナ?ほらよ。俺っちのでかけなー。」
事情が分からずとも、友のためなら力になれる。仁は二つ返事で携帯を手渡した。
「もしもし?シュウ?」
電話を取りながら教室を出る江上を、木下は見逃さない。
「秀の話、教えてくれるんだろ。放課後、場所を言ってくれれば行く。———あぁ、そうか。分かった。」
勇の会話を聞いて、また2人の悪ノリが始まる。
「ほー、放課後だとよ。高校生はちげーな。」
「僕なんか配達してんのに…。」
電話を終えて席に戻る江上の後ろで、木下がメッセージを送信した。送り先は、早乙女。彼の携帯の画面には、『江上百々 放課後、神山秀と密会』と記されたメッセージが表示されていた。
「怪我はありませんか。あぁ、ちょっと待って下さい。指示だけ出してから話しましょう。」
どうやら急を要する指示なのか、早乙女は少し携帯を操作した後で七尾と話し始めた。『怪我』という言葉に七尾は、五十嵐が止めに入る直前に喰らったボディブローの事を思い返す。
「こっちの脇腹をやられてちーっとばかり痛むけど、まぁ他のヤツらみてーに骨やられてるワケじゃねーしな。」
そう言いながら殴られた脇腹を抑える。
「そうですね。それ位の怪我なら数日で回復して、また戦えるようになります。」
「それが…。他にも2人いたんだよな。」
「他にも2人?」
勇との喧嘩の時、自分の神経を逆撫でしていったあの2人のことを思い出す。
「1人は髪結いでて図体がデカくて、もう1人のヤツはオンナみてーにカワイイ顔してて、どっちも神山秀のダチみたいだったけど…。」
「神山が復学前に知り合ったヤツ等だと思われます。加藤に話は聞いてますし、そいつ等と直接喧嘩もしました。」
「あん?零ちゃん、毒鼓とかいうクソ強えヤツで腕試ししたくて紹介してもらったんじゃねーの?」
「えぇ。でも毒鼓は現れず、その2人組が来ました。まさか神山が毒鼓だと思ってるんですか?」
「いや…そーじゃないけど…。」
「毒鼓は3年前、中3で高校生の不良30人を相手に戦って勝ち、ついた異名です。神山な訳ありません。私に影響を与えた人です。その伝説を聞いて、私も高校に入ったら先輩をねじ伏せようと思いましたから。」
「で、俺ちんはこれからなにをすればいい?」
「今は安静にして体調を整えて下さい。これからは神山のせいで怪我を負う者は出ないはずです。ナンバーズ10位以内の戦力で、謹慎期間が終わると同時に攻め込みます。」
「んじゃあの2人組はどーすんのよ。神山秀のダチなんだろ?一緒に挑んできたらヤバいんじゃない?」
早乙女の計画に仁達のことが含まれていないことが、七尾は少々気に掛かっていた。しかし、仁と愛の喧嘩を直接その目で確かめた早乙女の見解は違った。
「私が見たところ、そいつ等は…大したことありません。」
江上が勇と会うのに指定したのはファミレスだった。先に入店した勇のすぐ後ろの席に、仁と愛が座っている。結局着いてきてしまった2人に勇は溜め息をついた。
「ハァ…結局…。引退したんなら大人しくしてればいいものを…。」
「僕たちもその重要な話、聞きたいもん。」
「オイオイ、やべーぞ!友達かも?にモモって出たぞ。俺っちの番号、保存してんじゃん!」
「うれしいか?」
予期せぬ女子との接点に騒ぎ出す仁を勇があしらう。だが携帯に表示された写真に夢中な仁の耳に勇の言葉が入らない。
「マジかよー。カワイイじゃーん。盛れてるだけか?」
画面の中の自撮り写真に仁が浮き足立つ中、店の入り口から江上が入ってきた。
復讐の毒鼓 第61話
「誰に向かってそんな顔してんだテメー。」
勇のあまりにおぞましい表情に一瞬怯んだ七尾だったが、すぐに気持ちを立て直した。
「死ね!」
勇の顔めがけてパンチを繰り出す。だが勇はそんな七尾の動き出しを狙い、あっさりとその手首を掴んだ。
「テッ…テメー…。」
振り解こうとするその手を、勇は凄まじい力で捻り上げた。
「イッテテ…。」
「俺が右腕を自由に使えないこと…ありがたく思うんだな。」
勇はそう吐き捨てると、七尾の手を放した。今の今まで鬼のような怪力で手を捻られていた七尾は、すぐに治るはずのない痛みと痺れに思わず手を抑えた。と、その時。
ドッ!
「あぁっ!」
鈍い音と共に、七尾の脇腹に激痛が走る。七尾はその激痛によって初めて、自分の脇腹に拳が叩き込まれたことに気付いたのだ。腹から全身へ拡がる痛みと痺れ。呼吸もままならない。
「…が…っ!」
七尾は呻き声を上げて悶絶した。手首に気を取られて無防備になった腹への一撃。親衛隊序列一桁の意地からか倒れはしなかったが、その想像を絶する苦痛に七尾の身体がくの字に深く折れ曲がる。
「とっとと終わらせてやる。」
少なくとも暫くは迎撃どころか防御も碌にできないであろう七尾の前に、勇が立ちはだかる。
「おい!何してんだ!」
トドメを刺そうとしたところへ、大声を上げながら五十嵐が駆けてきた。
「七尾!何やってんだ!なんで神山とやり合ってんだ!」
五十嵐は未だに身体を屈めて咳き込んでいる七尾の脇を抱えて言った。
「わりぃ。七尾は俺が連れてく。」
「え…?」
突然割って入ってきたかと思えば突拍子もないことを言い出す五十嵐に、七尾の怒りと狼狽は完全に行き場を失っていた。
「お前は…?」
五十嵐の顔など当然知るはずもない勇が訊くと、五十嵐は答える代わりに真剣に勇を諭し始めた。
「お前の気持ちも分からないでもないが、こういうのはもうやめておけ。後で早乙女に何されるか分かんないぞ。本気で心配して言ってるんだ…。」
(なんだコイツは…?)
勇にとっても全く意味の分からない五十嵐の乱入に困惑する内に、五十嵐は七尾を抱えて足早に去っていった。
「なんだ…テメーは。」
七尾は去り際、勇に殴られた脇腹を抑えながら五十嵐に不満を垂れる。
「黙れ。いいから行くぞ。」
小声で返す五十嵐の顔からは、先程勇に心配していると言った時の人情味など跡形もなく消えていた。
2人の姿が消えると、勇は仁達の方を見た。兄弟同然の親友同士、ようやく笑顔の再会を果たせた。
「なるほど。そんなことがあったか。」
勇は早乙女の学校外での動向について、愛から聞かされた。
「うん。だから、とりあえず皆に知らんぷりしとくように言っといた。」
「バレるのも時間の問題だな。」
「俺たちにも言えないようなことなのか?」
「いや、俺たちの間に秘密なんかない。ただ話すとお前らに迷惑をかけることになる。もう足洗ったんだろ?」
仁の問いに、勇は正直な心の内を話した。だが仁は親友の窮地を見過ごせる男ではない。愛にしても同じだった。
「お前の頼みなら、引退もいくらでも先延ばしよ。」
「話すだけ話してみなよ。」
「少し待ってくれ…。今日連絡入れるとこがあって…。」
今日連絡を待っている江上からは、極めて重要な話が聞けるはず。そんな勇の心情にお構いしに、早速仁が茶化し始めた。
「誰だ?オンナ?」
「女は女だけど、お前が思ってるようなそんなんじゃない。」
江上の番号が書かれたメモを見ながら感情を否定する勇の首に、おもむろに腕が絡みついた。
「コイツ!俺っちに内緒でオンナ作りやがって!大きくなったな!カワイイのか?」
「そんなんじゃないって。」
「てか勇さっきケガしたフリしてたね。なんで?」
茶化す仁とは対照的な愛の真面目な質問。やはり親友の目は誤魔化せない。
「俺が怪我するのを早乙女が望んでる気がして。」
「何が何だかさっぱりだ。教えてくれよ。お前の本名って神山秀なのか?」
腕を解かれ離れろと顔を押された仁は、勇が何をしているのか、そもそも何者だったのかさえ分からなくなっていた。
「…いや、俺は勇だ。」
ドスッ!ズザーッ
自身のパンチで吹っ飛び、倒れる五十嵐を早乙女が見下ろす。
「何様のつもりですか。勝手に喧嘩の仲裁までして、随分偉くなりましたね。神山の一味ですか?」
早乙女は屋上で、五十嵐が七尾と勇の喧嘩を止めたことを咎めていた。
「そ…そうじゃなくて…七尾が…ヤラれると思って…。」
「七尾。随分舐められてますね。それ位の実力なんですか?」
「テメーざけんなよ。俺ちんがアイツごときにヤラれるだと?笑わせんな。」
自分の実力まで低く見られては立つ瀬がない。七尾は先程勇にボディブローを効かせられた怒りと相まって、威勢良く啖呵を切ってみせた。
「聞きましたか?五十嵐。彼は私の指示で喧嘩をしようとしたんです。」
「わ…悪かったよ。」
ドゴォッ!
謝る五十嵐にも、早乙女は制裁の手を止めない。もう一発強烈なボディブローを入れると非情な措置を言い渡した。
「3年ってことに免じて2年のいないところでこうやって教育してやってることに感謝することですね。君の順位は10位に下げます。それから2ヶ月報酬も無しです。行きましょう。」
早乙女はひとしきり五十嵐への"教育"を終えると、屋上に集まった他のメンバーを引き連れてその場を後にした。屋上から降りていく列の一番後ろにいた一条が、うずくまる五十嵐に目を向けた。